海賊 外科医連載…したい
『おい、聞いたかよ』
『あぁ。まただろ?しかも今回は2億3000万ベリーなんだってな』
『ったく、上陸する海賊どもがピリピリして…こっちも気が気じゃねぇ』
『海賊が減るのは嬉しいが俺たちにも被害が来そうだ。しかも今、この島にいるってぇ話だ』
ロー率いるハートの海賊団がとある島に上陸すると、ひそひそと話しているのが耳に入ってくる。話題に上がっているのは最近名を上げている賞金稼ぎだろう。
名前を知る者がいないため、"狩人(ハンター)"と呼ばれている。その容貌も白いフードに包まれ、目鼻立ちはおろか髪の色さえ判らない。
「キャプテン、どうやらここにいるみたいですね」
キャプテン、と話し掛けられた男――――トラファルガー・ローは部下であるペンギンの言葉に反応することなく目を細める。
「お前らは食料、備品の調達だ。ベポ、お前は俺と来い」
それだけ伝えると足早に本屋へと向かう。ペンギンとシャチはベポにローを守るように口酸っぱく言うと、急かすように背中を押して自分の仕事に戻った。
ローが島民に場所を聞きながらベポと本屋へ向かう長い道中、視線を感じていた。
「"狩人"かな?」
同様に気付いたのであろうベポがそっと呟いた。
「(………いや、"狩人"ほどの実力がある奴の尾行の仕方じゃない。…誘っているのか?)」
気配も隠さず、拙い身のこなしにローは違和感を覚える。ベポに様子を見るという旨を伝え、本を見ている最中はベポに任せた。
日も落ちてきたころ、買う本をまとめてベポに持たせる。会計を済ませベポに尋ねると、まだ"狩人"とおぼしき人物はいるようだ。
それを聞いたローは行きで見付けた人が少ない通りへと向かった。そこで足を止め、振り返る。
「何の用だ、"狩人"」
ローの見つめる先には白く長いローブに身を包み、深くフードを被った男が佇んでいる。その姿は今までの目撃情報と相違ない。
不意に"狩人"と呼ばれた男がフラリと身体を傾けてローへと駆けた。
「"Room"」
あっさりと男を結界内に閉じ込めローはバラバラに切り刻んだ。痛みに呻く男を冷ややかに見下ろす。
「お前は――――」
「ありがとうございます、お兄さん」
不意に聴こえた鈴のような声にローは後ろに跳ねて臨戦体勢をとる。
目の前にいた声の主は黒いロングコートを羽織った、少年と言っても可笑しくない背丈の者だ。顔はフードで見えない。
「…いつからいた」
「怖いなぁ。僕は何もしませんよ」
ほら。と、ポケットに入れていた両手を上げて、敵意がないことを示す。
そしてそのままゆっくりとバラバラにされた男に近付き、グリ、と男の頭を踏む。
「手柄を横取りするようで申し訳ないんですが、僕の方で息の根を止めさせてもらいますね」
腰に携えていた双剣を取り出すと、男の頭を両断した。
「(…三ツ又の双剣に奇形の刀身)」
少年の双剣は蛇を思わせるうねるような刀身に鍔から2本突き出ている。もちろん、その刀身は同様にうねっている。
「…何故こいつを殺した。お前が直接手を下さなくても死んだだろうに」
少年は双剣を軽く振って仕舞う。そしてローに問う。
「外科医さんが殺すんじゃ意味がないんです。彼は特別ですから」
と、世間話をするような口調で話した。ローは警戒して目を細める。
「俺を知っているのか」
「えぇ、もちろん。有名な方ですから」
半分ほど顔を隠している陽がちょうど少年の背と重なり、ローから全く表情は読めない。対して少年からはローの表情は手に取るように解る。
「(奇形で三ツ又の双剣。"狩人"の武器の一つ。……それよりさっきの言葉)」
「そちらの――――」
不意に少年が溢した言葉にローとベポが反応する。
「シロクマさん、可愛いですね」
恐らく少年はフードの下では微笑んでいるのだろう。ローは舌打ちを洩らした。
「ベポ、下がれ」
「でも、キャプテン――――」
「いいから下がれ」
「あ、アイアイ!」
慌てて船へと戻るベポに少年は名残惜しいのか後ろ姿をジッと見詰める。しかし、殺気を感じてローに視線を戻した。
「俺の首を獲りに来たのか」
「いえいえ、そんな」
先程のように両手を上げ、戦う意志はないと示した。
読めない少年の意図にローの顔も険しくなる。そして少年の飄々とした態度もさらにローを煽る。
「"これ"の片付けを、と思いまして。元々は僕が始末しなきゃいけなかったので」
「賞金首を獲るほどの腕があるなら、何故すぐに始末しなかった」
「そんな、僕は通りすがりですよ。賞金稼ぎみたいな言い方、やめてくださいよ」
おどけて見せる少年。
「大方、俺の能力を見に来たんだろう」
「先程からあなたの言っている意味が分かりません。そうなると僕はずっとあなたの後を着けていたことになりますよ?」
実際そうなんだろうが。
ローは思わず出かかった言葉を飲み込んだ。読めない目の前の少年の話術に乗せられないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「その双剣…"狩人"の特徴に当てはまる」
ローの言葉に少年は肩を揺らして可笑しそうに笑った。
「あっははは。――――武器の情報は広まってんだ」
少年特有の高い声が急に低くなった。はぁ、と軽いため息を吐いてフードを深く被り直す。
「まぁ、いい。武器さえ出さなきゃ、バレない限り生活は安泰みたいだ」
「海賊が血眼になって探してる"狩人"がガキだなんて傑作だな」
ローの言葉に肩を竦めてみせた。そして、未だに警戒の色を見せるローに敵意がないことを示す。
不可解に眉をしかめるロー。
「俺はお前の首を獲りに来た訳じゃない」
ほとんど顔を隠した夕陽を背に言う。
「逆に俺がお前の首を獲らないと何故思わない」
"Room"を展開しようと翳したローの手に人知れず口角を上げた。
「想定内だ」
途端、足元から煙が出て少年を丸ごと隠してしまった。ローは目を細め煙を凝視し、微かに揺れた煙を抜いた刀で一閃を書いた。が、手応えはない。
煙が消えるのを待ったが、やはり姿はなかった。
舗装された道から外れた林の木の上に少年が立っていた。肩には狐が乗っている。
「お前が僕の姿で遊んだせいでめんどくさいのにバレたじゃないか」
擦り寄る狐を軽く撫でる。言葉では言うものの、そうは怒ってないらしい。狐は安心したのか少年の服に潜っていった。
「………"狩人"の特徴が割れた以上、ここで始末したい」
――――だが、自分の実力で相手に勝てないのは事実。
トラファルガー・ローという人物は広めはしないだろうが、それを出汁に脅迫をする類いだろう。少年は今後のことを憂い、深いため息を吐いた。
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