Eques.
ハロ/ハワユ

雨音に起こされた。窓を開けてみると土砂降りで。

「おはよ」

誰に言うともなく小さく呟いた。いつからだろう?

「(誰か助けてよ……。…お兄ちゃん)」








見下ろした先には使用人に囲まれて庭の手入れをしているお兄ちゃんがいる。使用人から笑顔で話しかけられてる。ぼくにはない眩しい笑顔。胸が痛くなる。

うらやましいな。みんなに愛されて。

扉をノックされ支度を促されて目を擦った。
用意された服を手にとって適当に見繕う。鏡で確認して少し皺になっているネクタイ。

「…まぁいっか」

最近これがぼくの口癖。
以前、お父さんから言われた言葉が頭をよぎった。

『お前には期待してない』

いつもぼくは長子のお兄ちゃんと比べられる。
勿論、勝てるわけなくて。
自分でも分かってた。次子のぼくは家督を継ぐお兄ちゃんより期待されてなかったってことくらい。
その場にいたお兄ちゃんがぼくを慰めようと声を掛けてくれたけれど、ぼくの口から出たのは感謝の言葉じゃなくて。

「大ッ嫌いだ。話し掛けるな」

お兄ちゃんの悲しそうな顔は一生忘れないと思う。
でも張った意地は小さいぼくでも張り続けないといけない。
そんなちっぽけなプライドがぼくの口から言葉を浪費させていく。



『―――なんで隠してしまうの?

―――笑われるのが怖いの?

―――誰にも会いたくないってほんと?』



お兄ちゃんの言葉にはなにも答えられなくて、それからぼくはずっとそうで。今はこんなに息をするのさえ、苦しい。
お兄ちゃんの声が聞きたいよ。
今さら後悔するなんて










「本当に弱いな」

一向に進まない支度に弱い僕が囁く。

「もう理由をつけて休もうかな」

誰もいないはずなのに頭に軽い衝撃が走った気がして頭を押さえて振り向いた。けど、こんな弱音を吐く僕を諌めるお兄ちゃんはもういなくて。

『そんなこと言っちゃだめでしょ!僕が許さないからね』
『分かってる!ただ言ってみただけだからいちいち口はさむなよバカ兄!』

目の前であの時の情景が見えた気がした。目を擦ってまた見てみるけど、やっぱりそんなこと有り得なくて薄暗い部屋が広がってるだけだった。
幸せだったあの頃と変わらずお兄ちゃんがいなくなってもちゃんと朝陽は昇ってるよ。
僕には経った月日を突き立てられてるみたいで残酷だけど。
生きてるだけで精一杯の僕がなんでお兄ちゃんの代わりなんて無理に決まってるじゃない。これ以上僕に何が出来るのっていうの?
お兄ちゃんの死は僕には関係ないって、気にかけることはないってリヴァイさんも言ってくれる。
でもせめてお兄ちゃんが死ぬ前に愛されたかった。ううん、お兄ちゃんはいつも僕を愛してくれてた。お兄ちゃんの愛を真正面から受け止めたかった。でもその手を振り払ったのは僕だよね。
皺になるのも気にしないでひどく痛む胸をシャツごと押さえる。
もし、人生にタイムカードがあったなら

「『お兄ちゃん』を止めていいのは何時なの?何時、僕は『僕』に戻っていいの?」

僕の頑張りは《誰》に褒めてもらえばいいのさ。
分かってる。いつも頑張ったのを褒めてくれてたのはお兄ちゃんだ。
嗚咽が洩れる。
『ありがとう』って言いたいよ。いなくなって気付いたお兄ちゃんの優しさに。
一度だけでいいから。今度は、――――今度こそは、心の底から、感謝の気持ちを込めて『ありがとう』って言いたいの。






「なんで隠すの?話すだけでも変わると思うよ。―――絶対笑ったりしないから、話してみない?」

お兄ちゃんのお陰でお兄ちゃんのように人の悩みを聞ける人間になった。人の痛みを分かる人間になった。口調も柔らかくなった。
口を開かなくちゃ分からない。
思ってるだけじゃ伝わらない。
面倒臭い生き物だよね、人間って。



Hello.
気持ちのいい朝がまたきたよ。

How are you?
お兄ちゃんはそっちで、元気にしてますか?


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