『少し昔の話をしよう』 4/4

吐き気がまた込み上げてきてテント裏で吐こうと歩き出した。

「バーンズ殿、大丈夫であるか?」
「…………アンタは…」
「アレックス・ルイ・アームストロングである。――先程、キンブリー殿の声が聞こえてのでな」

顔色の悪いリオンの手を取り、その身体を支える。リオンが小さく礼を言うと、アームストロングは眉を下げて笑んだ。そして、リオンがテント裏に行こうとしたのを察したのか、アームストロングが優しく誘導する。

「申し訳ない、助かりました。―――一人に、させてくれませんか?」

リオンの願いに渋々頷いて離れて行った。それを見届けると、先程吐いたばかりのそこにまた吐瀉物をぶちまける。
喉を通った肉の感覚が気持ち悪い。
その感覚を忘れるように吐き続けた。













「よぉ、ロイ。生きてるか?」
「………戦場でその言葉は洒落にならんだろう…」

ヒューズがロイのいるテントに入ってきた。しかし、口調こそはふざけているものの、顔は苦虫を潰したような表情をしていた。
ヒューズは入って辺りを見回し、話の人物がいないことを確かめて真剣な表情で話に入った。

「なぁ、リオンが戦場に行ったって噂になってるんだが、それは本当か?」
「……あぁ。…キンブリーに付き添って行ったらしい」

ロイの言葉にヒューズは小さく悪態を吐く。

「そのあとあそこを片しに行った奴等が言うには酷いもんだったらしい。キンブリーの錬金術では有り得ない無数の切り傷が死体にあったらしくて、どれも深くてその上炎天下に晒されてたから腐敗が酷かったんだとよ」

ヒューズから告げられた言葉にロイは目を見開く。ヒューズは俯いて何も言えなかった。
不意にテントに人が入ってきた。2人は緊張に身体を強張らせ、取り繕うように言葉を紡いだ。

「リオンか。気分はどうだ?」

真っ青なリオンにロイが立ち上がって近付くと、その身体がロイに傾いた。その身体を慌てて抱き止める。

「おいおい、大丈夫かよ。フラフラじゃねぇか」

リオンの顔を覗き込んで軽く頬を叩く。そんなヒューズの行動にも何一つ反応を示さない。ロイとヒューズの2人は顔を見合わせて困惑する。

「ここはやっぱ救護テントか?」
「そうだな。連れていくか」

ロイはリオンの身体を背負うとその軽さに眉をしかめる。

「どうした?」
「いや……軽すぎる気がしてな」

2人は救護テントに急いだ。












「軽い脱水症状ですね」

看護婦にそう言われて2人はホッと息を吐いた。
しかし、看護婦はただと続ける。

「少し憔悴しているみたいです。食べ物も喉を通らないのか、栄養失調になりかけてます。…この年でこのようなところに来ているんですもの、ストレスは図りきれませんわ。周りの方々で…支えてあげてください」

看護婦の言葉に2人は頷く。
その時、リオンの指がピクリと動いた。

「…ぅ、ん…?…に、いチャン?」
「目が覚めたか。起きれるか?」
「……ロイ、兄?…うん、大丈夫」

ロイの言葉にリオンは鎖骨辺りに刺してある点滴の針が抜けないよう押さえながら上半身を起こした。看護婦が慌てて支える。
そんなリオンにヒューズが真顔で話し掛けた。

「お前さん、命令を背くなりして早くここから立ち去れ。ガキが来るところじゃない」

ヒューズの言い草が頭にきたリオンが負けじと言い返す。

「俺はここに残る。体験したから尚更俺一人だけ中央に帰ってぬくぬく過ごしてなんかいられない!ロイ兄の支援を任されたのなら尚更!」

パンとリオンの頬に衝撃が走った。本人はもちろん、ヒューズすら驚いている。

「俺もヒューズもお前の身を心配して言っていることが分からないのか!お前はまだ子供なんだ。大人の言うことを聞け!」
「ロイ兄が俺のことを心配してくれるように!俺だって、ロイ兄が心配なんだよ…。………もう大切な人を失いたくないんだよ…!」

リオンが項垂れて声を絞り出しロイにしがみ付いた。そんなリオンの姿に言葉が詰まる。隣でヒューズが肩を竦め、ため息を吐く。

「こりゃ、頑固なのは『ロイ兄』譲りだな。―――でもな、覚悟を決めろよ。国家錬金術師が『人間兵器』と呼ばれる所以を、その業を背負っていく覚悟を」

ヒューズの言葉にリオン、それにロイさえ頷く。そして、リオンがロイをチラッと盗み見みた。それに気付き、ベッドの縁に手をついて目線を合わせる。

「ロイ兄、死んだら絶っっっっっっっ対許さないから。後追い自殺してやる」
「末恐ろしいことを言うな。じゃあ、―――私の背後は任せたぞ」

2人の姿をヒューズが複雑な顔をして見詰めていた。


―――そして、夜は明けていく。




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