無力
『兄チャン!やだよ!僕も行くっ!』
あぁ、これはあの時のことか…。
冷静に夢を傍観している自分がいる。
あの時、俺は……だだ、こねて兄チャン困らせたっけなぁ……。ロイ兄に押さえ込まれて、兄チャンは困ってて…でも、優しく笑ってたっけ。優しく笑って……頭撫でて……ロイ兄も撫でてくれて、すぐ………会え、る…って…。
「置いてかないでよっ、兄チャン!!」
夢の中の兄の背に腕を伸ばす。しかし、所詮夢。目の前に広がった景色は白く無機質な部屋だった。
「……ぅ…」
「大丈夫か、リオン」
傷口を押さえて上半身を起こすと、ベッド際にロイがいた。
「………ロイ兄…」
「昔の夢を…見ていたみたいだな」
俯いて頷く。
機械鎧が無くなった左腕の袖が無気力に垂れ下がっているのが視界に入る。
「早速で悪いが……ヒューズのこと。話せるか?」
ロイの問いにリオンは言葉を詰まらせる。
ゆっくりと首を振って右手で顔を覆った。
「…俺、騙されてたヒューズを1発殴って国家錬金術師殺しの応援の要請をしようとしたんだ」
俯いて無感情な声で淡々と語るリオンに違和感を感じながらもロイは黙って続きを待った。
「そしたら、ヒューズが…右肩を負傷した状態で軍法会議所から出てきたんだよ」
言葉を区切り、続きを紡ごうとしても唇が、喉が震え言葉が吐き出せない。次第に瞼が熱くなり涙が溢れそうになったとき、今まで沈黙を保っていたロイが立ち上がりリオンの上半身を抱き締めた。それに安堵したのかリオンの口から噛み殺した嗚咽が溢れる。
「ヒュー、ズが…軍の秘密を握ったって…。ロイ兄に、伝えなきゃって…。だから、おれは…ヒューズのたてに…ヒューズのために……なのに…っ。うっく…」
ガタガタと身体を震わせるリオンにロイは掛ける言葉を無くし、ただこう言った。
「そうか…有り難う。お前は良くやった。…ヒューズの葬儀は今日の午後からだ。――間に合って、良かったな」
真っ青な空の下、葬儀が行われた。軍人は皆、帽子を目深に被り表情は読み取れない。
「パパおしごといっぱいあるって言ってたもん。埋めないでよ………。パパ……!!」
ヒューズの娘のエリシアが悲痛な声で叫ぶ。リオンを責めるように聞こえるのは罪の意識に苛まれるせいか。
葬儀は―――間もなく終了した。
リオンはヒューズに供える花を買いに一旦街に下り戻ると、墓の前にはロイとリザの姿があった。
気まずさを感じて近くの木に隠れるように立ち尽くす。
「………大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。―――いかん、雨が降って来たな」
帽子を目深に被ったロイが空を見上げる。リザが訝し気に辺りを見渡す。
「雨なんて降って…」
「いや、雨だよ」
ロイの頬に一筋の涙が流れる。
「………そうですね。戻りましょう。ここは……冷えます」
リザがそっとロイを促して墓を後にした。
「…っ……」
震える身体を叱咤して、誰も居なくなったヒューズの墓に近付く。
膝を着いて優しく花を供える。
「……ヒューズ、准将……か…」
墓石の文字を右手でそっとなぞる。機械鎧の指にはその石の硬さも冷たさも伝わってこない。
「ロイ兄の上、か…。…いい、なぁ……二階級とく、しっ…」
言い終わらないうちにリオンの身体は崩れ落ちた。
「ごめんっ、ヒューズ!ごめっ、なさ…っ…ぃ。俺がっ…俺が弱い、からっ………!!」
しばし泣き崩れていたリオンの肩にコートが掛けられる。
涙を強引に拭って振り向くと優しく微笑むアームストロングがいた。
「風邪を引いてしまいますぞ」
差し伸べられた手を取って立ち上がる。
帰りましょう。
アームストロングのその言葉に歩き出そうとした瞬間―――体重をかけたリオンの右脚が崩れた。2人とも咄嗟に反応出来ず、また崩れ落ちたリオンは狂ったように笑い出した。
「…クッ…ククッ……アハハハハハ!!!!ざまぁねぇ!…傷だらけでっ…機械鎧までダメにして…。それなのに…俺は何が出来た!?…ヒューズ一人も守れない奴がっ……国家錬金術師だぁ?人間兵器だぁ?笑わせんなっ……。何もっ出来ない…、……ただの…無力な人間じゃないか……!!」
右脚の――本来ならば太股があるべき場所を叩き付けた。何度も、何度も何度も――…。
アームストロングはその様子を見届けて、リオンと目線を合わせる。
「――今日だけは、ご無礼をお許し下さい」
そう言ってリオンを横抱きにする。普段なら怒る上司も今日ばかりは何も言わない。ただ静かにアームストロングの軍服を掴み、顔を押し付け身体を震わせるだけだった。
そんなリオンの身体を強く抱き止め、アームストロングはリオンが入院している病院へと、足を進めた。
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