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「ヘラヘラしながら近づかないでください変態。」



そう言うと彼の頭に大きな雷が落っこちた、ように見えた。しかしそのヘラヘラ顔は崩れることはなく固まったまま怒りマークが増えていくだけだった。


遡ることほんの数分前。


部活の時間が終わり、バレー部のマネージャーである私は鍵が締まってあることと職員室に返していることを確認してから、暗い学校の中をひとりウロウロしていた。


さて帰ろう、と校門のところまで歩いていた時だった。


そこにあるのはひとつの細長い影。その影は私に気づいた途端小走りに近づいてきた。それは部活の主将である及川先輩だった。



「桐谷ちゃん、お疲れ様。」

「及川先輩こそお疲れ様です。あれ、岩泉先輩は?」

「岩ちゃんなら先に帰ったよー。」

「それじゃあ、忘れ物ですか?」

「うん。桐谷ちゃんっていう忘れ物!」

「…………。」



語尾にハートがつきそうな言葉に返したのが先程の言葉だ。


及川先輩は今もヘラヘラしながらその場に固まっていた。



「さて、私もう帰りますね。お疲れ様でした。」

「ちょっと!?俺をこのまま放置するつもり!?」

「これ以上関わると面倒くさいことになりそうなんで。」



そそくさとひとりで帰ろうとしたがそれは叶わず後から及川先輩も追いかけてきた。


こうしてふたりで歩く帰路、及川先輩の口は止まらず色々な話題を出していった。岩水先輩のこと、牛乳パンのこと。どれも統一性のないものばかりだったが聞いていて飽きるものではなかった。


しかしどの話も及川先輩は笑顔を崩さず、話続けていた。



「及川先輩。」

「ん、なに?」

「終始笑顔って疲れませんか。」

「え、そう?これ癖みたいなもんだからな。」

「なんかもうちょっと喜怒哀楽つけてもいいんじゃないですか。」

「喜怒哀楽、ねぇ…。」



及川先輩に喜怒哀楽を付けるにはどうしたらいいだろうか。


そう少し悩むとある方法を思いついた。



「先輩、バレーしててあったこと教えてください。」

「バレーしててあったこと?」

「ほら、楽しかったこととか悔しかったこととか。」

「楽しいのは終始だよ。特に相手側が試合中に慌てる姿なんか最高だよね。」

「黒いなぁ...。」

「悔しかったこと、か。」



そう先輩が呟くとふと、一瞬だけだったけどピリッとした空気に変わった気がした。背中がぞっとするような恐ろしい感じがした。


しかしすぐに空気は戻り、あのヘラヘラ顔を私に向けてきた。



「ほら、桐谷ちゃんの家着いたよ。」



そう言われて見渡すと確かに目の前に私の家があった。気づかない間に家の前まで来ていたのか。



「すみません、送っていただいて。先輩反対方向でしたよね?」

「いいよいいよ、気にしないで。」

「すみません、ありがとうございます。」

「これも桐谷ちゃんのためだからー。」

「わけのわかんないこと言ってないで早く家に帰って体休めてください。明日の朝練遅刻しちゃいますよ。」

「もう、たまには素直になりなよ。」

「いつも素直です。」



ったく桐谷ちゃんは、とぶつくさ言って反対方向を歩く及川先輩を私は背中を見つめて送る。



「及川先輩!」

「はーい?」



突然先輩に話しかける私は自分自身で驚いた。え、なぜ自分は先輩を呼び止めたの。呼び止められた先輩はうーん?と首を傾げニコニコしてこちらを見ていた。


何か言おうと必死に頭を働かせて言葉を並べ、口から出した。



「その笑顔、誤魔化しきれてませんからね!先輩の考えてること見え見えですからね!」



え、何言っているの私は。当然こんなこと言っている私は特に根拠があるわけでもなくまあ簡単に言うと口が滑ったと言う奴だろうか。


きっとそんなことを知らない先輩はさっきよりもニコニコして「ふーん?」と得意気に笑い出した。



「じゃあ今俺が考えてることもわかるの?」

「み、見え見えです!顔に書いてます!」

「へぇー。」



そう言うと再びニコニコし始めた。いや、あれはニコニコというよりニヤニヤという擬音のほうが近い気がする。



「じゃあ今俺はどんなこと思ってるでしょうか?」

「え、えっと、それは……。」



そんなこと勿論口から出任せを言った私が分かるわけでもなく、ひとり冷や汗を掻きながら必死に言い訳を探していた。


その時、先輩の口がそっと形をなぞって動いた。その動いた唇と目が合った私はなんの偶然か何を伝えたかったのか読み取れてしまい、思考が停止した。



「明日、楽しみだ。それじゃあおやすみ。」

「お、おやすみなさい!!」



顔に書いてあるっていったのに口パクで言うなんて。絶対わかってないってわかっててしたことだ。口パクで言うなんてずるい、ずるい。やっぱり先輩の表情は読み取りにくい。喜怒哀楽を激しく付けるべきだ。


私は赤く熱くなった顔を両手で覆い、その場で立ち尽くしていた。







僕は知っている



「好 き だ よ」


 
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