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「徹。」


その甘ったるい声に及川徹は笑顔で応える。これが意外にしんどく、面倒臭いことであるということをモテる男にしかわからない悩みである、と彼は語る。それを聞いたあとだからか、今までも苦手だったあの笑顔が余計嘘くさくて気持ち悪い。

彼らは人目の多い廊下だろうと気にせず、ベタベタと引っ付き、話をしている。私はなるべく視界に入れないように下を向いて、友達を待っていた。


「徹、今度の日曜日空いてる?」
「日曜日は練習なんだ。ごめんね。」
「えー、徹バレーの練習ばっかでつまんない。」
「あはは。」


ほら、そこで笑うのが可笑しいんだって。言い返しなよ。化粧が濃くて香水振りまいてるお前なんかとバレーを比べるなって。今まで必死こいて練習してきたバレーを馬鹿にされてるんだよ。なんでそんな乾いた笑いで誤魔化せるんだよ。

徹のことを何にも知らない女は、彼の気持ちをいかに遊びの方に向けるか言葉巧みに口説いていたが結局チャイムと共にその話も終了してしまった。


「ごめん、遅れちゃって…。」
「大丈夫。早く行こう。」
「…乃亜?なんで怒ってるの?」
「別に。」
「そう?」


ああ、友達に八つ当たりをする感じになってしまった。少し反省しながら私達は早足で教室を移動する。

その時、片方空いていた手がきゅっと暖かい何かに締め付けられ、すぐに離される。一瞬のことだったのに誰の仕業かわかった。その人物を見れば何も知らないフリをして、私と反対方向を歩いていく。


「乃亜!遅れるよ!生物遅れたら面倒臭いことになるよ。」
「あ、うん。ごめん。」


世の中面倒臭いことだらけだな。熱くなる手をぎゅっと握り、長い廊下を早足で駆けて行った。











授業が終わり、「昼飯だ」「どこで食べよう」と会話が溢れ、各々教室に帰っている時だった。荷物をまとめ、さあこの教室を出ようと立ち上がったちょうどその時だ。ブーブーと携帯が鳴る。その内容を確認して私は溜息をついた。そして上げた腰をまたそこに下ろす。


「乃亜、帰らないの?」
「うん。ここで待ってろって言われた。」
「ん?誰に?」
「あー、うん。部活の子。」
「そうなんだ。じゃあ先に帰るね。」


パタパタと早足で帰る友達の背中を見て思う。そういえば最近彼氏ができたとか言ってたな。もしかしたらお昼約束してたのかな。いいな、青春だなあ。

なんて頬杖ついて思っていると、私を呼び止めた人物がガラリと扉を開けて入ってきた。


「やっほー、乃亜ちゃん。突然ごめんね。」
「本当だよ。」


あはは、本当にごめんって。そう言ってパンを両手いっぱい抱えて笑う彼の額はほんのりと汗を掻いていた。きっとたくさんの女の子から逃げてきたのだろう。その姿を想像すると少し笑える。


「それで、何の用?」
「乃亜ちゃんとお昼ご飯食べたいなって。」
「え、大事な話があるって言うから残ってたのに?お昼ご飯一緒に食べよう?」
「きっと乃亜ちゃんは一緒に食べようって言って何かしら理由つけて断るでしょ?」
「そんなことしないよ。部長の頼みなら断らないよ、きっと。」
「きっとってことは、断る時もあるんだね。」
「そこは聞き流しなよ。」


徹が持ってきたパンをひとつ開け、口に入れる。しばらく他愛もない話をしていると、さっきの廊下で話していたことが話題にあがった。


「他の子から見たら、バレーなんてオマケなんだろうね。」
「だろうね。徹に近づく女の子って顔しか見てないじゃん。」
「まあ、顔はイケメンだから仕方ないけどね。」
「うわ、なにそれ。うざ。」
「事実だよ、事実。」


ていうかさ。徹が発するその言葉に私は自然と目を彼に向けた。するとそこにはムスッとした彼がいた。


「なんで手繋いだのに動揺しないの。」
「動揺したわ、阿呆。一瞬だったけど。」
「本当に?それならよかった。」


そう言って私の手を触り始める彼は本当にずるい奴だなって思った。今こうして触られてる間も心臓痛いほど鳴り響いてるし、触られてる手は汗掻いてくるしで焦りまくりなのに彼には伝わらない。


「俺ね、何にも負けない何よりも大切でほかに並ぶもののない唯一がよかったんだよ、何よりも優先して欲しかったんだよ、俺だけあればいらないって思って欲しかったんだ。失くしたくないとかじゃなくて。」
「…うん。」
「この気持ちがなんなのかわからない。でもその気持ちを確かめる方法がこういう確かめ方しかないんだ。ごめんね。女々しい奴て思うかもしれないけど。」


わかる?て、首かしげて言うけどさ、そんな確かめなくても大丈夫だよ。私はあなたが思ってるよりあなたのことが好きだよ。なんて言えたらいいんだけどな。もう少し彼の弱い部分を見ていたいだなんて思う私もいるから、もう少し黙っていよう。そしたらもっと私をドキドキさせてくれるかな。


「俺はね、君の一番の存在でいたいの。」


ああ、なんて独占欲の強い大王様なのでしょう。でもそんなところでもあなたに惹かれた私が負けなのでしょうね。バレーでも、勉強でも、恋愛でも全部全部一番でありたいだなんて、なんて我儘な大王様。そんなあなたに私は毎日ちょっとずつ惹かれていっています。そんな私も最近思うのです。


「私もね、貴方の一番の存在でいたいな。」


なんて、口に出すのはいつになるのやら。







一番じゃないといやだ



これは、少し我儘な大王様のお話。



thanks : 金星 and さよならの惑星


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