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「ありがとう。」



そう言われた次の日彼の姿が消えた。雪がしんしんと降るちょうどこの季節の頃だった気がする。


その時のことは良く覚えている。いつもみたいに万事屋に遊びに行っててソファでのんびり煎餅でも齧りながら時を過ごしていた。新八や神楽は寒い寒いと文句を言いながら買い物に行っていて私は自分を暖めようと丸くなって座っていた。


そこに彼はまだいた。いつものようにジャンプを手に取り特等席という名の社長席に座り足を上げて鼻を穿ってあの死んだ魚のような目でそこにいた。私の仕事は煎餅を齧りながらそんな彼を見つめるだけ。別に苦なわけではない。寧ろ好き。そんなゆったり流れる時間は永遠に続くと思っていた。


彼と恋仲の私はいちゃいちゃしたいとかそんなことは良く思う。だけどその恋人らしいことをするよりもこうしてゆったり過ごす方が好き。大好きだった。愛おしかったんだ。


いつもは私の視線に気づいて「んだよ、そんな見つめられたら銀さん溶けちまうぞ。」とか訳の分からない事を言って笑わせてくれるのにその日は違った。酷く気まずそうに視線を反らし落ち着かない様子でジャンプを置き、私のほうを向いた。



「凛華。」

「なーに?」

「......好き。」

「うん、私も。」

「私も?なに?」

「もう、分かってるくせに。」

「銀さん言葉にしないとわかりませーん。」

「仕方ないなー。.......好きだよ。」

「ありがとう。」























それが最後の言葉。彼はその後「雪が酷くなる前に送る」と言って立ち上がった。私も窓から空を見てそれに素直に従った。マフラーを首に巻き急いで彼の背中を追う。


もっと早く気づけばよかったじゃないか。私の馬鹿。今更気づいたって何もかももう遅い。涙なんかよりもタイムマシンが欲しい。この危機に気づきたい。過去の私にただひたすら叫びたい。伝えたい。会いたい。


あの日の数ヶ月前から彼は私に一切触れようとしなかったじゃないか。


そんなことを考えながら私は歌舞伎町を走る。ただの勘。そんなのは当てにならないのだけれどこの日だけはその当てにならない勘が疼いていた。これも特権って奴だったら嬉しいな。


古い建物の階段を上り音のする方へと走っていく。久しぶりに走ったからか心臓が痛い。足が痛い。口の中から血の味がする。これって運動不足って事だよね。



「っはあ、はあ。」



重たい足を無理にでも引き摺って歩く。近くで大きな爆発音みたいな音がする。ああ、彼らだ。この荒い無理矢理な感じ、滲み出る暖かさ、彼らが帰ってきたんだ。そう思うと5年分の思いが溢れ出す。それは涙へと変わり頬を伝っていく。


視界がぼやけて足元にある石に気づかず、躓き転げてしまう。ザザッと体が地面に倒れる。痛い、痛い、嬉しい。感情の操作ができなくなってしまっていた。痛いはずなのに口元はニヤニヤと笑っていた。



「凛華さん!」

「凛華!」



懐かしい声に体を起こし声のするほうを見た。そこには大人にはなっているが相変わらず変わりのない新八と神楽がいた。大人ぶったあんな格好なんかではなくあの日あの時のままの変わらない心を持ったふたりがいた。



「凛華どうしてこんなところにいるネ!」

「そうですよ!ここは危険です!」

「新八......、神楽......。大人になったね。」



ふたりを見てそっと微笑むと彼らは罰悪そうな顔をして俯いた。暗い顔をして私の方を見ない。私は彼らを覗いた。



「凛華、ごめんアル...。」

「僕たちは貴方から逃げたんだ。貴方を見ると銀さんのことを思い出して。」

「いいの。私も貴方達に連絡も何も入れなかったからね。」



再び微笑み、私は立ち上がった。そしてふたりに背を向け走ろうとした。



「凛華!」

「どこへ行くんですか!」

「......あの人が帰ってきたから。」



その言葉を聞いて目を見開いて驚くふたり。そうだったの?という驚きではなくどうしてわかったの?という驚きだったように見えた。ほら正解。このふたりは昔から分かりやすい。変わらないな。



「ちょっと説教してくるね。」

「...凛華!?待つアル!!」

「凛華さん安静にしてなきゃっ!!」



安静、いい加減聞き飽きた。こんな騒ぎを聞いてあの人がいなくてこの世界が変わって環境が変わって周りの人も随分大人ぶって痛くて悲しくて怒りをどこにぶつけていいのかわからないあの日々はもうさようなら。己を貫き通すのも悪くないよ。


ねえ、そうでしょう?


ふたりを振り切り私はまた冴えてる勘で足を進めていく。多分こっちだろうな、あっち方にはいないだろう。心臓が徐々に高鳴る。遠ざかったら高鳴りは止み、近づいたら騒ぐ。私の心臓も対したものだ。


随分古い建物の奥に来た。光が一筋照っているところへと足を進めていく。心臓は今までにないくらい高鳴っていた。


ああ、ここだね。もう馬鹿、どれぐらい待ったと思ってんのよ。黙っていなくなるなんてずるい。言いたい言葉はたくさんある。だけどそれは全て嗚咽へと変わってしまった。



「ぎ、っときぃ...。」

「その声、凛華...か?」



ふたりの影が見える。なんだ、ふたりして同じじゃないか。よく話は分からないがなんか事情でもあるんでしょう。銀ときのことだもんね。



「凛華!?」



ばっと走ってくるもう一人の彼。私はその彼をすり抜けて木刀が刺さっている彼の方へ行った。そして容赦なく突進する。抱きしめた瞬間に「え?」という声と「ぐえ。」という声が重なった。



「馬鹿。」

「.......おう。」

「昔から馬鹿。阿呆。」

「...ああ、そうだな。」

「でも、好き。」



ぐすっ、あぁ、鼻水も垂れてきた。コイツのこの変な服で拭いてやろう。ぐりぐりと顔をくっつけた瞬間だった。



「えええええ!!!?凛華俺は!!?」

「「は?」」



もうひとりの少し幼い銀時が叫ぶ。私は涙でぐしゃぐしゃな顔で銀時を見た。あ、涙目。少し悲しいらしい。



「凛華ちゃん俺に抱きしめさせてくれないの!?」

「な、なんで?」

「久々の再開だろ!?それに5年後の凛華だし!!」

「あ、あー、うん、ごめん。」



ぎゅうっ、隣にいる彼を抱きしめニヤリと笑う。はあ、はあと息が荒い。私もそろそろ近い。頑張れ、もう少しだ。



「この世界の私はこの世界の銀時のものなの。つまり貴方のものではない。」

「.....な、なるほどな。」

「凛華いいこと言うなァ。」

「当たり前のこと言った迄だよ。」

「まじかよォ。俺の凛華がァ。」

「...かわりにそっちの世界の私を大切にしてあげてよ。」



ふふっ、そう力なく笑うと幼い銀時はハッと鼻で笑い私達を交互に見た。



「おーおー、お熱いカップルだこった。」

「そりゃあどうも。俺の自慢だからな。」

「.....あー、俺も早く会いてーな。凛華って言うんだけどな。これがまたすげー可愛いんだよ。」

「あら、ぞっこんじゃない?」

「あぁ、ぞっこんぞっこん。だから離れてる今でも辛ェよ。」



ニヤリ、そう笑って彼は階段を登る方へと走っていった。私達はひらひらと手を振りながら彼を見送った。彼に任せるしかない。かなり負担をかけちゃうけど。



「凛華、悪ィな。」

「なんで謝るの?」

「お前、その髪、わかってんだろ?」

「あぁ、これ?イメチェンよイメチェン。似合うでしょ?」

「....何しても可愛いよ。」

「なんでそんな素直なのよ、馬鹿。」



彼の上に手を重ねるとそっと指を絡ませてくれる。私はそれを力いっぱい握り締めた。もう離さない、離れてなんかやるもんかという気持ちを込めながらその手を握り続けた。



「あとはどうにかしてくれるよね、銀時が。」

「あぁ、俺ならなんとかしてくれんだろ。」

「だって銀時だもんね。やる時はやるでしょ。」

「いざって時は輝くからな、俺。」

「えへへ。.....ねぇ、ちょっと私眠たくなってきた。」

「あぁ、俺も眠てェ。」

「ちょっと頑張りすぎちゃったね。」

「少し休むか。今度目ェ開けた時はどうにかなってんだろ。」

「そうだね。どうにかなってるよ。」



徐々に降りる瞼を抵抗せず受け止める。霞む脳内、痺れる手の感覚。それすらも愛おしい。隣にはずっと一緒にいたかった彼。終わりは彼の隣でと心の中で決めていた。だからかな、勘が冴えてたのかな。


最後の言葉も自分達らしい。言わなくてもわかる。わかるんだよ。


あぁ、そろそろあっちへ行こうかな。


それじゃあね、頑張って。あっちの私。







言わないでいいから



「おい凛華!早く行くぞ!」

「待って待って!この靴履けない!!」

「んな面倒臭い靴履くな!」

「どうにかなるかなって思って...。」

「ったくよォ。......まあどうにかなるか。」



 
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