( 1/1 ) わたしはよく子供大人と比べられるのをとても気にする。別に子供が嫌ってわけじゃないけど子供扱いされるのはとても腹が立つ。相手から見たら子供にしか見えないのだろうけど。 相手が大人で大人の考え方をサラッと口に出していうのも腹が立つ。それに妙に納得してしまうまだまだお子様の自分にも腹が立つ。結局はこんな考えを持っている自分に一番腹を立てている。 高校生というものはとても厄介なもので悪いことをすれば「子供じゃないんだから」と大人扱いされているように言われるが、少し背伸びをしたことをすると「まだ子供なんだから」と言われる。高校生は都合よく大人や子供になれる時期なのである。 「つらいねー、高校生ってもんは。」 「お前はどこぞのババアか。」 国語準備室にあるソファに座り、机の上にある先生の糖分の源に手を伸ばし口の中へ放り込む。口の中には甘い甘いいちごみるくの味がじわりと広がる。 先生はひとつ溜息をつき赤ペンを持っていた手を止め、わたしの方に椅子を回した。ギギギッと古びた音が響く。 「いい加減大人として見てほしいよ。」 「高校生はまだ餓鬼だ餓鬼。大人ぶってんのはどこぞのギャルかヤンキーだけだ。」 「......なんか腹立つ。」 「そらどーも。」 ガリッと口の中の飴を噛むとより一層いちごみるくの味が広がっていく。その甘ったるい味を噛み締める。 大人は狡い。大人は卑怯。いつもいつも肝心なところを押さえ込んで上手い具合に蓋をして話を流す。だからわたしは大人が信用できなかった。 だけど、先生だけは違った。 「何してんの、馬鹿なのお前。」 着飾らない言葉に率直な意見。いつも聞き流すように話を聞いているかと思えば以外にちゃんと聞いていていざという時に助けてくれる普通じゃない、大人。 わたしは彼の担当のクラスではない。別のクラスにいるのだが時々授業を抜け出してはここに来ている。こいつに会いに。 「お前さ、いい加減授業出ろよ。単位でねェぞ。」 「大丈夫。ちゃんと計算してギリギリまで授業出てるから。」 「ったく、とんだじゃじゃ馬娘だ。俺バレたら減給かなァ。」 「クビじゃない?」 「勘弁しろよー、今更再就職とか面倒くせェことしたくねーよ。」 「それニートが言う言葉じゃない?」 うーあー、と唸り先生はテーブルの上に置いてあるいちごみるくの飴の包み紙を取り口の中へ放り込む。瞬間に片頬がぷくりと飴の姿をうつすように膨らむ。 「それより姫路野、好きな奴クラスにいねーのか。そしたら毎日そいつ眺めながら授業ってのも楽しいぞー。」 「どこの少女漫画よ。わたしそこまで乙女じゃない。」 「.....いやいや、乙女じゃん。」 くすり、と笑う先生。こいつ絶対確信犯だ。わかってるくせにそうやってわたしに尋ねてくるんだ。 頬が全体的に熱い気がする。視界も心なしかぼやけている気がする。気を抜いたら全て崩壊しそうだ。両手でぎゅっとスカートを握り耐える。 それに追い討ちをかけるように先生は話す。 「そんな頬真っ赤にしてよォ。あ、まさか好きな奴いんじゃねーの?そいつのこと思ってんじゃねーの?」 「ち、違うもん...。」 「え、じゃあなに。エロいことでも想像してたの?姫路野って意外にそういうこと考えてんだ。」 「ち、違う!!」 「姫路野やーらしー。」 「だから違うのに!!」 ぎゅっと口を瞑り先生を見る。あぁ、この人も大人の狡さをまだ持っていたんだ。でもなんでか嫌な狡さじゃない。というか狡というより意地悪の方があっている気がする。 先生は相変わらず口角を上げてニヤニヤと笑ってわたしを見る。何か反撃をしようと思うができなくて悔しい思いをする。 言葉を探して探してやっと出てきた言葉がこれだった。 「せ、先生。相談してもいいですか。」 「お、なになに。好きな奴のこと?」 「気になる人のこと。」 ぎゅっと再びスカートを握る力を強める。もうしわくちゃになっているに違いない。でも今はそんなこと関係ない。 ぐちゃぐちゃの頭の中、言葉をひとつひとつ並べて言の霊にのせていく。 「この恋、叶いそうにもないんですが、どーしたらいいですか。」 わたしの言葉が予想外だったのか、少し目を見開きそしてクツクツと肩を震わせて笑う。人が真っ赤になってまで言った言葉をこの人は笑ってる。なんて野郎だ。 先生を睨んでいたらバチッと目が合う。そのまま先生を見つめていたら先生はニコリと微笑み、言った。 「相手にちゃんと言葉で伝えたら、叶いそうですよ。」 あぁ、もう狡い。 わたしは先生に勢い良く飛びついた。先生はそれを軽々しく受け止め、優しい手つきで抱きしめてくれる。わたしも負けじと背中に手を回す。 そして先生の耳元でそっと呟く二文字。今までずっと貯めていた二文字。ずっと言えなかった二文字の封印を解き放つ。 先生はふっと笑い、背中に回した腕の力を強めた。 「あー、こりゃァバレたらクビだな。」 「大丈夫。わたしが養うよ。」 「それ俺紐男じゃん。嫌よ銀さんそんなの。」 「......ねえ、」 「あ?紐男は嫌だよ?」 「それじゃなくて、わたし返事聞いてない。」 下から見上げるように先生を見る。先生はあーうーとまた唸って冷や汗たらたら流して非常に焦った様子。なにこれ面白い。 そして口をそっとわたしの耳元へと持っていった。 「好き。」 「......知ってる。」 自惚れんな、と頭をコツかれ頬を緩ませる。そしてそっと距離が縮まっていった。 おとなは狡い おとなは狡い、先生は狡い。 だけどこの狡さ、キライじゃない。 |