( 1/1 ) バシュッ その音と共にさっきまで動いていたものはゴトリと音を立てて落ちる。こんなにも呆気ないのか、少し残念がった。 わたしは一番隊副隊長姫路野凛華。冷酷副隊長とは陰で言われているらしい。どうやら殺り合っている時にニヤニヤ笑う癖がとれていないらしくそれを不気味に思った隊士が陰で呼んでいる。 今日も攘夷浪士を粛清するべくわざわざここまで出向いてやったのに残念ながら敵はわたしの予想を遥かに下回る馬鹿ばかりで。 「姫路野副隊長!まだ攘夷浪士が残っているそうです!」 「どこにいんの?」 「このビルの屋上との情報が...!あ、副隊長!」 「りょうかーい。あんたらはこの片付けしといて。」 一緒に粛清していた隊士から得た情報を背中で受け止め、刀を再度握り地面を蹴り上げた。 階段を駆け上る度にひらひらと靡く髪。鬱陶しいから短髪にしてしまおうか、など他の事を考えながらも足は止まらない。 そして階段を上る足を振り上げ、平らなコンクリートの地面へと足を付ける。口角は自然と上がり舌舐めずりをした。これがわたしの合図。 そこには情報通り、何人か逃げ出した攘夷浪士がいた。彼らは小さな悲鳴を上げ持っていた刀を握る。わたしは構わず足を進めた。 「あんた達、逃げ出した攘夷浪士で合ってる?」 「う、うるせェェ!!その服、真選組のモンだな!?」 「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。」 カタカタと攘夷浪士の持つ刀が揺れる。そういえばどっかの誰かが言っていた。力が圧倒的に上の敵を目の前にしたら人は中から外へと恐怖心が流れ出ると。そんなことを思い出しながらわたしはまた笑った。 カチャ、静かに刀を構えニヤついた口をゆっくりと開いた。 「真選組一番隊副隊長姫路野凛華、今からあんた達を粛清する奴の名よ。」 「ふ、ふざけやがってェェェェ!!!!」 目を剥き出しにして刀をむちゃくちゃに握り、わたしへと迫ってくる。真夜中だからあまり見えなかった。敵はどうやら6人程度らしい。 わたしは、再び刀を構えた。 「さあ、最高の闘いをしましょ。」 口角は相変わらず上がったまま、刀を構えた攘夷浪士の中へと突っ込んでいった。 「おい、姫路野。」 そう呼ばれて振り返れば真っ白な肌に汚い返り血をつけている我が隊の隊長さん、沖田総悟がいた。彼もどうやら仕事が終わり自分の隊士を探していたらしい。 わたしは汚い山からひらりと降り、隊長のところまで足を進めた。コツコツと鳴る足音が妙に響く。屋上なのに音は耳から離れない。 「お前に任せた隊士は。」 「ビル5階で粛清した攘夷浪士の片付けをしています。」 「ふーん、そっ。」 「後はここにあるこの片付けだけかと。」 「ん。」 ご苦労様、とでも言うかのように隊長はわたしの頭をポンと撫でる。隊長は口で物事を語らない、とてもわかりにくい行動で示す。 「姫路野、返り血すげェぞ。」 「そういう隊長も返り血すごいです。」 「お前ェ女なんだから少し気にしろィ。」 「真選組に入隊した時からわたしは女を捨ててるので、このくらいどうってことありません。」 「....はぁ。」 眉間に皺を寄せて溜め息をつくと、わたしの頬に手を伸ばす白い肌。細く、けどゴツゴツした指がわたしの頬の上を滑る。どうやら返り血を拭ってくれているらしい。 「ひとりで突っ込む癖、直せ。」 「無理です、連れていったとしても邪魔なだけです。」 「ならその時は俺を呼べィ。」 「別にひとりでも問題ないかと思います。」 「お前はなくても俺にとったら大問題でィ。」 わかっている、隊長のいいたいことはわかる。けどどうしても彼の口から言わせたかったわたしは知らないふりをして「何が?」と知らばっくれる。 すると隊長はまたわたしの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫で回す。そしてコツコツと音を立てながら踵を返す。ずるい人、また逃げられた。 その背中をわたしは小走りで追いかける。 「隊長、副長に報告しましたか。」 「いや、してねェからお前に頼む。」 「わかりました。報告書は隊長がお願い致しますね。」 「げェ、まじかよ。そこもやってくれねェのかィ。」 「そこまで甘やかしません。わたし終わるまで見張ってますからね。」 「ちっ。」 わたしの方を向き、1回舌打ちするとまた前を向いて歩いた。その黒くて大きな広い背中は色々なものが背負われている。それをわたしはまだ全て知り切れていない。それが副隊長として少し悔しい。 その時だった。 「!?」 油断していた、爪が甘かった、もう少し深く斬りつければよかった。そんな言い訳は通用しない。 わたしが振り返ったときには既に刀を持った攘夷浪士が目の先まできていた。 死ぬ、初めて恐怖心を抱いた刹那。 「あんたもまだまだだねィ。」 一瞬の出来事だった。隊長がそっとわたしを引き寄せいつの間にか握っていた刀で攘夷浪士を斬っていた。動作が流れるように行われたので思考がついていけなかった。 落ち着いた頭はまず上を見上げた。そこにはいつもと違う、どこか大人びた隊長の顔が視界いっぱいに広がっていた。 「た、隊長...。」 「よかったな、俺がいて。」 ええ、本当によかったです。 その言葉は声とならず代わりに出すことを忘れていたと思っていた嗚咽が出始めた。入隊してから泣くことと女を捨てたわたしが初めてそれをもう一度拾い上げた。 隊長は叱るわけでもなくおちょくるわけでもなく、ただわたしの後頭部に手を添えそっと胸に引き寄せた。その行動はわたしの涙を増幅させるのを隊長は知っている。 ずるい、あなたは本当にずるい人。 ずっと黙ったままの隊長の隊服を力いっぱい握り、止まることの知らない涙でその部分を濡らしていった。 そういうときだけ 大人の顔をするから 気に食わない お願いだから、いつもの大人気なさを見せてよ。 こういう時だけ大人になるのは、本当にずるいわ。 title : 慈雨様より |