( 1/1 )
 


時期はもうすぐ「春」を迎えるにも関わらず寒さは勢いを増し人々を寒さで震わせる。春はまだ遠い、そう感じさせられた。


そんな時期、人が行き交う交差点の中でわたしはマフラーに顔を埋めながら高校へと歩いていく。足取りはいつにも増して早い。


下駄箱でシューズに履き替え、教室の鍵を職員室に借りにいく。誰も来ていない一番乗りだ。


その後は鞄を自分の席に置いてマフラー、コートは着たまま再び外へと足を進める。


グランドに近づくにつれ男子の低い掛け声や道具の音が響く。きっと運動部の朝練だろう。それを横に投げ捨ててあるジョウロを手に取りたくさん水を汲んだ。


別にわたしの学校では「お花世話係」なんて可愛らしいものはない。ただの個人的趣味でお世話させてもらっている。学校の方も助かるしわたしも喜ぶ、まさに一石二鳥だ。


ここでわたしは毎朝早い時間から花をお世話している、それと同時に...


「いぇあ!!!」


パン パンッ


「はぁあっ!!!」


ダンッ パンパン


目の前に広がるのはまだ蕾のままの緑色のものと剣道場で朝練をする剣道部員。わたしはその中のひとりを眺めていた。


「(副部長、かっこいいなァ。)」


キラキラと光輝く汗を頬に垂らしながら懸命に剣道をする剣道部副部長、土方十四郎。彼を毎朝剣道をする姿を見るのもわたしの趣味だったりする。


「......かっこいいー。」


彼、土方十四郎は違うクラスの人でこの学校のイケメン5位の中には必ず入る男子。勿論本人承認ではないがファンクラブもある。入っていないが。


そんなモテモテ彼を見たのはたまたま剣道場を通り掛かった時だった。真っ直ぐな姿勢で正々堂々相手と戦う土方くんにやられた。それから知らない間に目を追うようになったのだ。


「......おっとと!」


つい見すぎて一ヶ所集中的に水を与えすぎてしまった。とりあえず謝るためにしゃがむ。


ごめんなさい、えーっと...


人間に名前があるように花にも名前がある。謝るときは声に出さないがちゃんと名前を言って謝る。横に差してある立て札を見た。


「クロッカス、でさァ。」


「クロッ、......え?」


急に現れた横の人物を確認する。そこにはここの学校の皇子と呼ばれている男、沖田総悟がいた。彼も土方十四郎同様非公認ファンクラブができているほどのモテ男だ。


横で花をつつく彼は朝練をしていたのか剣道着だった。


「クロッカスでィ、この花。」


「そ、そうなんだ。」


あまり男子と関わりがないわたしは喋りかけられ非常に焦っていた。とりあえずこの場から逃げ出す方法を考えようか。


わたしがない脳みそを必死に絞っている時だった。また彼が話しかけてきた。


「......あんたいつも毎朝花の世話してやすよね?」


「え、ぁ、う、うん。」


少し途切れ途切れになりながらも返事をすることができた。よし、成長したなわたし。


......というか、


「な、なんで、知って、るんですか?」


「なにが?」


「わ、わたしが、ここの、花壇の世話、してること。」


「あぁ、あそこで朝練してたらよく見えやすからねィ。」


「え、嘘!」


じゃあもしかしたら土方くんに見てるのバレてるかな。そうだとしたらわたしは一生土方くんのストーカー決定だ。


「あんた、クロッカス知らなかったんでィ?」


「う、うん。よくわからないけど、お水をやる。」


「とんだお人好しでィ。」


はあぁ、そう溜め息をつき出たのは褒め言葉なのか悪口なのかわからない「お人好し」。喜んでいいのかわからない。


「よく聞きなせェ。こいつはクロッカス、2月から4月に掛けて紫色したやつを咲かせやす。」


「は、はあ。」


「花世話するんならそれくらい知っとけィ。」


「花、好きなの?」


「......この前読んだ本が面白かったからねィ。」


そう言って半分拗ねた感じでそっぽ向いた。


「気持ち悪ィでさァ、花に詳しい男なんざ。」


「......そんなことないよ、物知りでいいと思う。」


そう言えば相手は驚いた顔をこちらに向けた。わたしは言葉を続ける。


「わからないところを教えてくれることは、本当にありがたいよ。だって、そのおかげで知識が、増えるんだもん。」


「......。」


「ちょっと知ったげに、いったけど。」


有意義に語るわたしに恥ずかしくなりつい下を向く。なに熱く語ってんだわたし。


「......少なくともお前はそう思ってんのかィ?」


「少なくないよ、多いよ。」


「......ふーん。」


そう言った彼の顔は何故かニヤニヤと笑っていた。思わず心臓が高鳴る。


「名前は?」


よっこらしょ、と掛け声と共に立ち上がる沖田くん。わたしも立ち上がった。


「あ、姫路野凛華、です。」


「沖田総悟でさァ、凛華。」


そう言われて手を差し伸べられる。反射的に手を握り返してしまった。勿論男慣れしていないわたしは数秒後、顔が真っ赤になる。


「このクロッカスが咲いたら、お前にプレゼントしてやらァ。」


「わたしがお世話してるのに?」


「じゃあ今日から俺のお世話範囲な。」


絶対触るなよと言われ、ぎゅっと強く握られた手に体が反応する。


「凛華はそれまでに調べとけィ、クロッカスのこと詳しく。」


「う、うん?」


「じゃ、明日からな。」


そう言って背中を向けて去っていく沖田くんの背中を消えるまで眺めていた。


なにかが始まった予感がした。







もしも花が咲いたら







この花が咲くその日まで、

クロッカスの花言葉

青春の喜び、あなたを待っています




お題:拳銃にポケット様

 
  もどる  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -