( 1/1 ) シャアアアッ 間抜けな音を出しながら回るふたつの車輪。そのふたつが大体の役割を果たしているもの、自転車。それの自転車に跨がってまたいつものあの坂道を下っていく。 その坂道は傾き、カーブとも緩やかで涼しい風や時に暖かい風が通りすぎる。四季折々を感じられるこの坂がわたしは大好きだ。 その坂を一定の平地に着くまでずっとずっと下っていく。その時に出会う人達にわたしは元気よく挨拶をする。もう日課となってしまった。 「おはようございます!」 「おはよう、凛華ちゃん。」 「おおっ!凛華ちゃんおはよう!」 わたしが元気よく挨拶をすると元気よく返してくれるご近所さん。いつもここで朝のパワーをもらう。 更に坂を下りある場所で怠そうに歩く「やつ」の姿を見つける。これも毎朝のことで約束したわけでもないのに何故かはわからないがこうしてこの場所で落ち合う。 「はよっ、銀ちゃん!」 「......ん?あぁ、はよ。」 「銀ちゃん今から歩いて登校とか、大丈夫なの?」 「大丈夫なわけねーだろ。今何時だよ。」 「8時20分でございまーす。」 「朝からそのテンションうぜェな。」 そう言うとわたしに片手を差し出す。仕方ない、と溜め息をつき愛車の自転車を彼に渡す。彼が自転車に跨がると一緒にわたしは後ろに乗る。 「あら、今日は何も言わないんだ。」 「言ってもどーせ俺は漕ぐんだろ。」 「当たり前だよ。女の子に漕がす神経があり得ない。」 「......は?」 「次その顔したらもうノート書き忘れても見せてやんないからね。」 くそ、と小さく吐き自転車は再び坂をゆるゆると下っていく。これも毎朝の日課。 わたし達が住んでいるここは都心から大分離れたところにある。静かで穏やかでお年寄りが多い。若者なんてみんな都心へ行ってしまった。 だからだろう、家から学校に通うわたし達はまるで孫のように可愛がられる。そして若者が自分達しかいないから幼馴染み同然で仲良くできたのかもしれない。そんな仲。 「ちょ、銀ちゃん!スピード出しすぎ!」 「あぁ?我慢しろよ。俺留年かかってんだよ次遅刻したら留年なんだよ。」 「それは銀ちゃんだけの問題じゃない!わたしもだよ!」 「だから凛華が留年しねーようにこうして、」 「ぶ、おぁっ!!!?」 いきなりスピードアップしたため落ちそうになった。急いで目の前にある大きな背中にしがみつく。その背中になにか言おうと口を開いた時だった。 「スピード出してやってんの。」 あなたが、そう綺麗な笑顔で笑うから思わず文句の言葉を飲んだ。純粋で真っ白でただただ美しいと思う笑顔だった。代わりに無愛想に返事をしたら盛大に笑われたのを覚えている。 わたしは既にこの瞬間から、いやもっと前からだろう。あなたに抱いていた気持ちに疑問を持ち始めていた。その答えはもう見つかった。 今でも、忘れれない、大切な思い出。 さわさわと木が歌うように互いに葉を擦り音を出す。それが妙に心地よい。そしてわたしは懐かしのあの坂道をゆっくり歩いていた。 あの大切な思い出はすぐ終わりを告げた。それは誰もが経験する「卒業」というもの。 わたし達はそれぞれ行く大学が既に決まっており、そして家から離れることも決まっていた。銀ちゃんは都心へ、わたしは都心から少し離れた場所へ。お互い案外近いところにいるが偶然巡り会うことはそうないだろう。さようならに近い卒業だった。 卒業して数年が経ち社会人の一員として働いている今、久々にここに帰ってきたのだ。大学にいる間は銀ちゃんとは一切会えていない。お互い珍しいくらい予定が合わなかったのだ。 そんな中久しぶりの里帰りだったので周りを散歩しようと考えた。その時に見つけた。 「あ、懐かしいのあるね。」 「あぁ、あんたの自転車?」 そこには今も変わらずあの頃の自転車があった。なんだか懐かしくなりそれに跨がる。 「......少し散歩してくる。」 「転けないようにね。」 軽く返事をし坂道をゆっくり下っていく。あの頃のようにゆっくりゆっくり。 「......懐かしいなァ。」 一撫でした自転車でまた坂道を下る。しかしあの頃のような体力はないため時々ブレーキをかけながら。 あ、確かここで、いつも銀ちゃんと。 無意識にパッと顔を上げて見る。しかしそこは昔と変わらない住宅街が広がっているだけだった。 ボサボサの頭を余計ボサボサにした貴方は居ない、眠たそうに欠伸する貴方は居ない、自転車を漕いでくれる貴方はもう居ない。 わかっていた、わかっていたけど期待していたわたしがいた。思わず視界が歪む。歪みを直そうと袖で拭くが逆効果で更にポロポロと流れてくる。 「ひ、っく、銀、ちゃん。」 「呼んだかコノヤロー?」 しない声がしてピタッと動作が止まる。わたしが一時停止してる間も相手は近づいてきた。ガサガサと音が大きくなる。 「凛華、なんで泣いてんだよ。」 「ぎ、んちゃん。」 そこにはあの頃より遥かに大人びた、けど相変わらずの天パの銀ちゃんがいた。 「なんで、こ、こに?」 「......あー、それはだな、」 ボリボリと頭を掻く。とりあえず自転車を止めるとあの頃のように前に銀ちゃんが乗っかった。わたしは後ろへ乗る。いつぞやの毎朝のスタイル。 「俺さ、久々に里帰りしに来たわけ。」 「......うん。」 「そしたらよ、妙に懐かしいやつに会いたくて会いたくて、いつの間にか足がここまで歩いてた。」 「......ははっ、なんだ!」 「なにがだよ。」 結局わたし達は何年時を別に過ごそうがあの頃の習慣は忘れていないわけで、無意識にここまで来るほど忘れられないわけで。 「銀ちゃん。」 「あ?」 「聞かせてよ、会わなかったこの数年間の話を。」 「......仕方ねーな。俺の最強の伝説聞かせてやるよ。」 「あはは!なにそれ!」 それはたまにこうやって巡り会って貴方と笑ってお互いの過去を語り合う関係、それを維持するためではないだろうか。 「んで、俺が授業爆睡だったから試験散々だったわけ。結果みた教授がカンカンに怒って、」 「それは銀ちゃんの責任でしょ?教授の気持ちがわかるわー。」 卒業、が終わりではない。入学入社、が始まりではない。 「......ねえ、銀ちゃん。」 「どうした?」 「わたしね、銀ちゃんに言い忘れたことあるの。」 「んだよ、急に改まってよ。まさか俺のいちごみるく勝手に飲んだの凛華か?」 「んなわけあるか!......じゃなくてあのね、わたしね、学生の頃銀ちゃんのこと、」 物語の終始というものは自分自身で決めるものだとわたしは思う。 下る坂道、貴方は居ない。 「......まじかよ。それ。」 「うん、かなりまじ。」 「あのー、」 「はい、坂田くんなんでしょう。」 「その気持ち、今も有効可能?」 「!...ゆ、有効可能で、す。」 お題:涙星オリオン様 |