「あっつ!!」

あたしは慌てて右手を引っ込める

手の平を見ると、そこは真っ赤になっていた

どうやら沸かしていたお湯のやかんに、手が触れてしまったらしい

急いで冷やさないと・・・

そう思いながらも、私は手の平を見つめ続ける

みんな寝静まっているらしく、船の上には静寂が流れていた

夜空では星が弱々しい輝きを放ちながら甲板を照らす

あたしは髪をもう片方の手で掻き揚げた

やけどを見ると、いつもあの時を思い出す

背後に襲い掛かってくる男たちの気配がする

だけど、あたしの体は檻に閉じ込められた男を助けることを優先した

火がついてしまった大砲に慌てて駆け寄り、手の平で火を握りこむ

そうすることでしか火を消す方法がなかったから

激しい痛みが手の平を走るが、そんなことは気にしていられなかった

あたしは海賊みたいに平気で人の命を奪うことなんか出来ない

誰よりも人の命の重みや大切さを知っているもの

手の中から溢れ出ていた白煙が消えた

火は消せたみたい 

ホッと一息ついたのも束の間

「後ろ!!」

檻の中に入れられた麦藁帽子があたしに向かって叫んだ

それと同時に背後から男たちの声がする

振り向いている時間なんてもちろんない

だからと言って、あたしは武器もなければ逃げる方法もない

きっと男たちはあたしに向かって刀やら棍棒やらを振りかざしているのだろう

あぁ、もう終わりだ

あたしにはやらなければいけないことがあるのに

ココヤシ村を開放しなくちゃいけないのに、こんなところで死ぬなんて――

あたしは恐怖と悔しさから歯を食いしばり、思い切り肩を強張らせる


辺りに衝突音が響いた

「おいおい」

背後で男の声がする

誰のかも分からない声なのに、なんだかとても安心した

ハッとして、反射的に瞑った目を開く

「女相手に、お前ら何人がかりだ?」

なかなか襲ってこない衝撃

まさか―――

「ゾロッ!!!」

麦藁が顔に笑顔を浮かべて、私の後ろに向かって叫んでいた

ゆっくりと振り返る

腰に一本、両手に一本ずつ刀を持った緑髪の男が居た

3本の刀 こいつが噂の『海賊狩り』

そしてこの状況、嫌でも分かった

――――この男が自分を助けてくれたのだと

予想もしなかった人物の登場と展開に、あたしはただただ呆然とするしかなかった

海賊狩りは軽くあたしに視線を向ける

「怪我は?」

「・・・えっ?」

「怪我はしてねぇのか?」

「えっ・・・あぁ、平気・・・」

短い言葉 

だけど優しさが「これでもか」というくらい、すり込まれた言葉

心臓が跳ね上がった

違う これは恐怖からの開放と、予想外の人物の登場に驚いているだけ

海賊狩りにときめいているだなんて、そんなのは違う

それでもあたしは、緑から目を放せなかった

「おい ナミ」

急に背後から低い声がする

あたしは飛び上がって、後ろを振り返った

「ゾ、ゾロ!?」

知らないうちにキッチンへと入ってきたゾロに、あたしは慌てずにはいられなかった

ましてや、ちょうどこの男のことを考えていたのだ

そんなあたしの気持ちは外に、ゾロはどんどんあたしに近付いてくる

えっ!? 何何何!? 何なのよ!!?

あたしはキッチン台に体をぶつけながらも、まだ後ろに下がろうとしていた

その度、キッチンがガタンと音を鳴らす

そんなあたしにゾロの手が伸びてきた

なぜか反射的に下を向き、胸の前で両手を握り締めた

だが、その手が宙に浮く

「えっ!?」

思わず顔を上げると、目の前には影の落ちたゾロの顔があった

「お前、何やってんだよ!!」

急に強い口調で言われ、何が何やら分からなかった

とりあえず首をひねってみる

そんなあたしを見たゾロは、顔色を変えた

「お前、手やけどしてるのに何で冷やさずボーっとしてんだよ!!」

やけど・・・?

・・・あぁ!! やけど!!!

そういえばやかんで手をやけどしてたんだった!!

過去の思いに浸っていたせいで、すっかり忘れていた

今思い出したと言わんばかりの表情を浮かべたあたしに、ゾロは眉間の皺を濃くする

そして強引にあたしの腕を引いた

そのまま流し台へ

蛇口をひねると、勢いよくあたしの手の平に水をかけ始めた

「お前、やけどの対処法くらい知ってんだろ!! 傷残ったらどーするんだよ!!」

あたしのために必死になっているゾロ

だけどあたしは自分の手より、今の体勢のほうが気になっている

強引に片腕を抱え込まれている為に、体が前のめりにならざるを得ないあたし

それをさりげなく支えているゾロ

つまり体の密着度が異常なのだ 

もはや抱き合っていると言っても、なんら支障がないほどに・・・

「おい! 熱くないか?」

「・・・あつい」

「ほら見ろ さっさと冷やさねーからだ!!」

手じゃない

心の中で呟いた言葉を、あたしは口には出さなかった

水の流れる音だけが聞こえるキッチン

でも、ゾロとの沈黙は不思議と嫌じゃなかった

とりあえず私の手を水で流したゾロは、冷蔵庫から氷を取り出す

意外と順序良く行動している男に、あたしは関心していた

普段はあんなに何事にもぶっきらぼうなのに・・・

2、3個の氷を手に、ゾロはあたしの所へと戻ってきた

氷を私の手の平に置くと、あたしの手ごと包み込む

「っ!!!」

「痛いか?」

っっ!!!!

だからあついって言ってんじゃん!!

あたしは必死に首を横に振る

ゾロはため息をつきながらも、手の平の氷が解けるまで、ずっとあたしの手ごと握ってくれていた

「おし んじゃチョッパー呼んでくるか」

ゾロがキッチンから出て行こうとする

「あ、いいよ別に 後は自分で出来るし」

ナミは赤くただれた手の平を握りこむ

ゾロは少々疑いの眼差しを向けていたが、あたしの頑固強さを知っているから、すぐに折れた

「分かったよ ただし、今俺の前で手当てしろ」

「何で?」

「お前ならそのままほっとくかもしれねーだろ」

そう言うと、ゾロは棚から救急箱を取ってきた

あたしも素直に従い、椅子に腰を下ろす ゾロはあたしの隣りに座った

包帯を巻いている間も視線を感じる

そのせいか、包帯を巻くのにもだいぶ苦労した

―――まだ、あつい

「おっし これでとりあえず大丈夫だな」

ゾロがまた救急箱を片付ける

背伸びをせずとも安々と棚に届く辺り、やっぱり男なんだなぁと思い、そんなことを考えてしまっている自分に驚いた

ゾロが大きなため息をつきながら戻ってくる

「ったく・・・お前は変なところ抜けてるからなぁ」

「あんたには言われたくないわ」

「なんだと?」

若干キレ口調になりながらも、あたしの隣りに座ってくれるゾロ

あたしは包帯でグルグルになった手の平を見つめた

また、あの時の映像が頭の中を駆け巡る

この感情を、知らないわけじゃない

初めて会ったあの日から、あたしは堕ちてしまっていたのかもしれない

ただ気付くのが遅かっただけ


「やっぱり痛ぇのか?」

手の平を見つめて動かないあたしを心配してか、ゾロがあたしの顔を覗き込む

「うん・・・・・・

 ・・・・・・・あついよ」

体が―――


あたしはあたしの顔を覗き込んだままのゾロに、突っ込んだ

息を呑む気配が、目の前でした

そのままゆっくり顔を離す

ゾロは驚きと焦りを混合させた表情のまま、左頬を押えていた

口は外してやったんだから、感謝しなさいよ

あたしは意味深気な笑みを浮かべて、ゾロから視線を外した

「・・・ふざけんなよ」

斜め上から押し殺された声がする

あたしは別に悪くない 本能に従っただけだもの

怒られたって謝らないんだから

そうひねくれて「フン」としらばっくれていた時

「お前なぁ・・・」

そう言って、腕を強く引かれた

反対側に向けていた顔が、強引に戻される

あと数センチの距離のところで、目の前の唇が動いた


「やるなら外すなよ」


そして今度こそ重なった――



手の平の思い出

(船の中で唯一明かりがついているキッチン
夜はまだまだ終わらない)



* * * * * * * * * *

確か深夜のテンションで書いた作品
よく感じでおなかいっぱいだった

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