逃げていた。
脱兎の如く、なんて言葉があるけれどまさにそれじゃないだろうか。
私はその兎のごとく逃げる。
追ってくるのはライオンじゃない。
そう、たとえるなら、

「名前・・・テメェはなにをしていやがる」
「ぎゃあああ出たあああ!」
「おまえは人をバケモンみたいに・・・」
「バケモンじゃん!!!なんなのよモクモクモクモクと!!
私にはプライバシーってもんがないの!?」
「あぁねえな」

ひょい、と体が軽くなり、同時に首が勢いよく締まる。ちょしぬしぬしぬしぬ!!!!
首根っこを掴まれて暴れる私を心底めんどくさそうに引っ張りあげるのは父の同僚のスモーカーさん。海軍大佐。
あ、いや違う今は中将なんだっけ?海軍のアレソレには全く興味がないので非常に曖昧である。

私の父親と同期だそうで立場に相当差の開いてしまった今でもふたりの交流はあるらしいが、私自体は軽く数年ぶりの再会だった。
怖い顔をして、幼かった私に優しくしてくれた記憶だってたくさんあるので全然怖くない。
怖くはないのだけど・・・スモーカーさんってこんな感じだったっけ?と不思議な感覚を覚えた。
そして普通に逃げ出したくなった。

だってこんな夢小説みたいな展開は聞いてない。

「なんで私がスモーカーさんに預けられてんの!?!??!??」
「うるせえなこっちが聞きてえよ!!」
「あのクソ親父・・・帰ってきたら焼き土下座させてやるんだから・・・」

私の声が堪えられないのか、空いている手の小指は耳に突っ込まれてる。
ていうか花の乙女を片手で引っつかんで宙ぶらするのやめて頂けませんか?

「仕事で数ヶ月家を開けるが、女ひとりじゃ心配だってんだしょうがねえだろ」
「だからって・・・ほかにもっと知り合いいるでしょうに・・・」
「いねえんだろう」

納得しかない。仕事一筋の家庭にとってはダメ親父だから・・・。
だからいままでだって仕事でほぼ家に帰らないなんて普通だったから平気だと言ったのに。
今回はあまりに期間が長いのと、出張の時はいつもお世話になっていた近所のおばちゃんが引っ越してしまったのがこの現状の理由だろう。

だからってスモーカーさんの家にひとりでいるなんてなんか居心地悪すぎじゃない?
勝手に船をとって帰ろうとしたら港をウロウロしているところで捕まってしまったのだった。

「ていうかよくスモーカーさんも了承しましたよね・・・」
「・・・酒が送られてきた」
「あああああああああばかあああああああああ」

依頼主と雇い主という関係が私の知りえないところで成立していたらしい。

「じゃあ雇われてる身で私をつまみあげるとはどういうことですか!」
「わかったわかったお嬢様はお逃げになるんじゃねえよ」
「ああ・・・だんだん扱いが雑に」
「じゃあどうされてえんだよ」

またこれだ。
どうも彼は私を子供扱いしてる。
そっちが大人だからって、私だってもう初等部卒業した時点でこどもじゃないんだから!

「大体私みたいな可憐な女の子を捕まえてアホガキとはいい度胸じゃないですか!?」
「アホガキは言ってねえし5メートルの塀を越える女を可憐とはいわねえ」
「教養のひとつなので」
「クソガキが」
「言った!今言った!」

簡単に会話をしてはいるが、いつまでも宙ぶらりんだということを忘れてもらったら困る。そろそろ苦しい。
いかん死ぬ。さっきまでぎゃあぎゃあ騒いでおいてなんだが死亡する。
いい加減ぐったりとマジのお花畑が見えてきたところで、俵担ぎに切り替えられた。
生き返った・・・。いやまて、これは悪化していないか?私女の子なんですけど?

「ちょっと下ろしてください!!」
「下ろしたらまたどっか行くだろうが。飛ぶぞ」
「ワアアアアアアアアアアアア!?!???待って私高いところダメなのほんとなの!!!」

女の子を俵担ぎにする男ってどうなの!?今日スカートなんですけど!
女の子はみんなお姫様なんだって、昔習ったような気がするんだけど!

「じゃあこれでいいかよ?」
「うぎゃっ」

私はお姫様でもないので、女の子らしからぬ叫び声を上げて再び体が浮いた。
今度は重力と私の三半規管が喧嘩していない。
恐る恐る目をあけると、葉巻の煙が空に散っていくのが見えた。

「姫さんはこうがお望みか」
「な・・・っ」

肩と足を支える力強い腕。
それは紛れも無く彼のもので、私は暴れる余裕すらなかった。

「は、はなしてええええ!おろしてええええ!」
「きかねえ」
「私重いからっ」
「いや十分ガキだぞ」

そう久しぶりにふっと笑う彼を見て、私の言葉は詰まる。
なんといえばいいのだろう。
笑顔になにもいえなくなった、みたいな。

ああそうだ思い出した。遠い昔の私は、スモーカーさんのことが好きだったのだ。
それは断じて恋愛感情などではない。
言葉にするなら尊敬とか、憧れとか、近所のお兄さんに対して感じるような小さなリスペクトだった。

忘れていたのに思い出してしまった・・・。
これからは逃げ出す度にお姫様抱っこなんだろうか。
いやだ恥ずかしすぎる。

ずんずんと帰路につくその足取りに、飛ばないでいてくれたんだなあとちょっと思ったけれど、
借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった私が今更何を言っても鼻で笑われるだけのような気もする。
確かに私は子供で、スモーカーさんは大人だった。

明日からは捕まらないようにしなければ。
・・・なんて、もう捕まってしまったけれど。


201805


捕獲

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