「・・・どなたですか」

それは不審な人間に対する、人間としての真っ当な問いかけだった。
不快な眠りから目覚めた直後の、つまらない夢なのかもしれないなと、ぼんやりと思った。
まあ、ここではどうせ、どっちでもかわらない。

俺は今、土砂に埋もれてしまった愛車でもない愛車の、助手席に無理やり乗り込んでいる女に話しかけている。
ちなみに助手席に乗っているといったが、断じてこいつは俺の知り合いなどではない。

ていうか、この車左側は完全に土砂に埋まっているのだが、こいつなんでわざわざ助手席に乗ってるんだ?
しかしどうやら隠れたかったわけでもなさそうだ。
なぜなら俺が林道から降りてきた途端に、すごい勢いで飛び出してきたのだから。
超照れながら。なんだこいつ。(気持ち悪い)

「やばい宮田先生ナマでもマジ超絶イケメン・・・」

しかもよくわからない言語で話している。
あ、もしかしてもうこれダメなやつか?
そうかだめなやつか。そうかそうか。

「しょうがない、や(殺)るか・・・」
「うわ!やった!撲殺!撲殺希望!」

なんと快く了解されてしまった。
今の俺の表情は、例えるならば牧野さんが突然美輪さんの声真似を始めた時の俺の反応そのものだった。もののけ姫を見て感動したとか言っていたが、同じ顔でそんなことをするものだから流石にぶっ飛ばそうかと思った。顔もムカついた。
ちなみにその時は、さすがのあの求道女も笑顔が凍っていたな。
まあそんなどうでもいい話は置いておいて。

「あのあの!宮田先生ですよね!」
「あ、ああ、はい・・・」

どうやら化物ではないらしい。
しかし普通の人間であるという線は既になくなっていたので、気は抜けない。

「やっぱり本物だ!あ、免許証落ちてましたよ!」

はい、とニコニコしながら手渡されたそれは、どうやら本当に俺の免許証だった。
「あんなこと」をしたあとで、これを見られたのは普通に考えてまずいな。
これは冗談ではなく本当にこの女にとって最悪の選択をしなければならないかもしれない。
悪いな、恨まないでくれ。

「ありがとうございます。どこかでお会いしましたか?」

村の人間ならば病院だろうか。
職業柄、相手から名前を覚えられることはよくあるが。
あいにく俺は、利益にならない人の名前と顔を覚えるのは得意じゃなかった。

「ええっと、はい、ちょっと」
「はあ・・・」

なんとも煮え切らない答えだった。
まあどうせ、この狭い村のことだから、どこかで俺の噂でも聞いたのだろう。
本当にただの患者かもしれないが、それを確かめる術は今はなさそうだった。

「ところで、何をしていたんですか?」
「え?」
「今。私の車で」

しばらくきょとんと俺を見つめていたそいつは、何かを思い出したようにみるみる赤面していった。
・・・なんだっていうんだ一体。

「ご、ごめんなさい!」
「いや別に、」
「わたし、宮田先生の車に乗るの、ずっと憧れてたから!」
「・・・はあ」
「いい匂いでした・・・」

初対面の人間に、ここまで眉を顰めたのは初めてだった。
うっとりと両手を合わせるその女は、俺の表情には気づかなかったようだが。

「運転席のシートが特に」
「ところで」

もうそろそろ我慢も限界だった。

「この村、今おかしいってわかっていますか?」
「おかしい、ですか?」
「見ませんでしたか?B級映画並みの化物」

彼女は、今日初めての真面目な顔で、頷いた。
どうやら、少しはまともなことを話せるらしい。

「とにかく、このあたりを少し探ってから進もうと思います。あなたは?」
「・・・わたしも、探してる人がいるので、一緒に行ってもいいですか」

突然やけにおとなしいな。
それに最初と違ってこちらを見ようとしないが・・・それが素なのだろうか?
まあそれはどうでもいいか。
どうせすぐ離れることになるだろう。それもしょうがないことだ。

どちらにしろ、先に進むためにここに戻ってきたのだから。

「じゃあなにか・・・」
「あ、武器になるものですよね!」
「・・・・・・」

さっきから、この女、なにか違和感があるな。

「はい!勝手に開けちゃいました!」

晴れやかに渡されたのは、確かに俺の車にあったスパナだった。
重く冷たい感触が、なぜかしっくりきた。

「とりあえず、わたし邪魔しないようにするので気にしないでガンガンやっちゃってください!」
「・・・はあ。では、お言葉に甘えて・・・」

ほかになんといったらいいのか教えてくれ。
一層目を輝かせて、俺と鈍器を交互に見つめるこの女を、一瞬だけ恐ろしいと思ってしまった。
どうしてそうおもったのか、すぐにはわからなかったのだが。

「あ、そうだ」
「なんですか?」

先に歩き出した俺の背後から思い出したような声が聞こえたので、しょうがなく振り返った。
そこで、再び重なる視線。

「女の・・・ひと。病院の方に向かっていきましたよ?」
「・・・ああ」

そうですか。
やっとわかった。
獲物を見据える目が、俺と似ている。
まるで同じ顔の牧野さんを見ているようで、気に障る。

「それは、ありがとうございます」
「え!?お礼ですか!?じゃあ頭なでて欲しいです!」
「ええい黙ってろ!」

やっぱ気のせいかもしれん。





20140515
最初だから真面目に

XX:XX

prev index next
P/M!


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -