珍しく港じゃなくて砂浜の近くに船を泊められたから。
ローテーションで決まっている船番以外のメンバーが自由行動になったので、折角なので出かけさせてもらった。
船を降りたら、町へ続く道とは反対側へと進んでいく。確か買い物に向かったメンバーはこっちへ向かっていったはずだ。

まだ朝も早いせいか、砂浜に人の姿はない。
海と砂の境目が一直線に伸びている。結構広い砂浜だった。
白く泡立つ境目を先へ先へと視線をたどっていくと、きらりと光るものが見えた気がして目を凝らした。足跡一つない砂浜を、さくさく音を立てながら歩いていく。

貝殻だった。
朝日に反射して光っていたのはこれだったのか。この年になって貝殻だなんて、少女趣味ってレベルじゃないよ……。
と思いつつ、なんとなく砂の中に埋まっている貝殻を救い出して寄せた波で綺麗に洗ってやる。

「すげえキラキラしてるね」
「え」

突然声をかけられて、油断しきっていた私はそれを手から取り落とした。
太陽と私と貝殻の間に割って入ってきたのは、我が船の偉大なコックさん。

「なんだ、サンジくん……」
「なんだってひどいなー。名前ちゃんが一人で歩いていくの見えたから、おれもついてきちゃった」

驚いた?ごめんねと笑いながら彼は私の横にしゃがみこんだ。やけに丁寧な動作でまた砂にまみれた貝殻を拾っている。
その指が長くて、綺麗で、つい見とれてしまった。

「で、なにしてたの?」
「別に……散歩?」
「じゃあおれも一緒に、いい?」

手元見ながら、彼は言う。少しだけ違和感があった。
サンジくんはこの時間、キッチンから離れることはあまりない。船長がお腹を空かせて帰ってくるから。

「今日は珍しくもう仕込み終わってっから」
「朝ご飯の?」
「朝も夜も。晩飯はトンカツ祭り」
「まつり……」

思わず笑ってしまう。
確かに、大皿に山盛りのトンカツが乗っているところなんて想像にかたくない。
私が船に乗ってから、飽きるほど見てきた光景だ。

「珍しく、ね。貰った時間あまって、どうすっかなって思ってデッキに出たら」

少し大きく打ち寄せた波が、私たちの手元を攫っていく。
サンジくんの声が、1拍遅れる。

「そしたら名前ちゃんが見えたからさ」
「……」
「話しかけるチャンスだろ?」

チャンスだなんて。
私はいつだって船に居るのに。
まるで、特別な時間みたいに言うから。

「おれ、名前ちゃんとゆっくり話してみたくて」
「……私と?」
「船だと騒がしいしさ」
「まあ、あっちもこっちもお祭りみたいだしね」

サンジくんの表現に合わせてそう言うと、子供みたいな顔で彼も笑った。
心臓に悪い人だなあ。

最初見た時は、苦手なタイプだと思った。
でも、同じ船に乗って暫く、ただ軟派な訳じゃないんだときづくのに、そんなに時間は要らなかった。
仲間思いで、自分の役割を大事にしていて、全てを守りたがっている。ただ、すこし女性に甘いだけだ。

私がぼーっと彼の指を視線で追いかけている間に、サンジくんは腕を伸ばせる範囲にやってくる波間で貝殻の砂を綺麗に落としてしまう。
はい、とそれを鼻先に差し出されたときに、ようやく私がただ彼を眺めてしまっていたことに気がついた。

「あ、ありがとう」
「女の子ってさ、やっぱり貝殻とか好きなの?」
「え、うーん……さすがに、私の年齢で好きっていう人はいないかも」

思ったよりもかなり、薄かったそれは、朝日にかざすと透けてキラキラと輝く。
少しだけ子供の頃の気持ちが蘇った気がして、嬉しくなった。
そんな私の様子に気がついているのか、サンジくんもなんだか楽しそうだ。

「でも、名前ちゃんは好きなんでしょ?」
「女の子はみんな綺麗なものが好きだもん」
「おれも好き」

少女趣味だとバカにされているような気がして、勝手にムキになって答えてしまったのに。
間髪入れずに返ってきた言葉に、息がつまる。
パッと顔を上げると、さっきまでと同じ、子供みたいな笑顔が目の前にあった。

「綺麗だよね」
「あ、ああ……うん、そう」

貝が、ね。
男の子で綺麗なものが好きって、あり?ありか。
心臓の音が急にうるさく聞こえてきた。あーもう、ナシナシ!

「船に戻ろうか。温かいもんでも作るからさ」
「や、でも私もう少しここに」

ここで心を落ち着かせたいので!
スっと立ち上がった彼を見上げて「いようかな」と続けようとしたけれど、それは叶わなかった。
手のひらをすくいあげるように引かれ、私まで立ち上がる。

「水冷たかったから、だめ」

優しいのに、有無を言わさない声でそう言われてしまった。
サンジくんは返事を待たずに、私の手を引き船へと歩き出す。
どういう状況??

手のひらに触れる彼の手は、確かにひやりと冷たい。
私の熱が伝わってしまいそうだった。
腕の長さ分前を歩くサンジくんの表情は伺い知れないけれど、朝日が透けたこの貝殻みたいに、髪の毛が金色を反射して綺麗だなと思う。

女の子はみんな綺麗なものが好き。
自分で言った言葉が頭の中でリフレインして、脳が短絡的な回答を出す。いやいや。決してそんなことは。
てかその好きはそういう好きではないし??

「おいお前らなにイチャついてんだー!!!暇ならこっち手伝えー!」
「うるせえよウソップ!名前ちゃんが困るだろうが!」

船の上から私たちを見つけたウソップが、空気も何も読まずにこちらに呼びかけてくる。
サンジくんは、それでも繋いだ手を離さず彼に叫び返したが、これはさすがに恥ずかしい。
手離していいよって伝えたら、名前ちゃんが嫌なら離すけどって言われてしまった。そんな言い方をされたら、いやだなんて言えないじゃん。
私が口ごもっていると、全てわかってたと言わんばかりに、サンジくんはまた子供っぽく笑った。

初恋

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