何の変哲も無い日のことだった。
夏休みも間近だというのに、最近雨ばかりだ。しかも雨が明けた次の日は風の無い晴天。日差しは眩しいし、汗もかく。もっとバランスよくなってくれないものだろうか。
どうせ今年も、今年の暑さは去年よりも凄い、みたいなことニュースで言うのだ。

「あっづー。」
「おい、暑い禁止。」

部室のパイプ椅子にもたれながら、下敷きで扇ぐ。今日の部活もいい感じだった。サーブも決まった。スパイクもセットアップも文句なし。ただ暑いのが難点だ。
水分補給は促しているけど、本当に取っているのか不安になる。

携帯を取り出し、メッセージを送る。

【水分補給してる?】

逆にそういうのを注意する側だから、大丈夫だとは思うが、一応、念のために送っておく。

【大丈夫だよ。ありがとう】

思ったよりも早い返信に、向こうも部活が終わったんだな、と何故か嬉しくなってしまう。

【帰り気をつけてね】

ニヤニヤする口元を抑えながらメールを送ったら、幼馴染がこちらを見ていた。

「え、なに。」
「きめぇ」
「なんで?!」

別にただメールをしているだけなのに、本当に酷い男だ。ふと携帯を見れば【及川君も気をつけてね】と返信が来ていて、流石に口元が緩んだ。

「彼女からのメールだからって鼻の下伸ばしてんじゃねえよぶん殴るぞ。」
「別に鼻の下くらい伸ばしても良くない?!」
「お前のにやけた顔が不快なんだよ!」
「酷すぎるっ!」

相変わらず幼馴染様は俺に厳しい。流石に毎回言われると泣くぞ。

「及川の彼女って、烏野の?」
「そうそう、男バレのマネージャー。」
「で、俺らと同じ北一出身。」

ほー、とまっつんが返事を返す。
そして着替え終わったのか、ロッカーを閉める。あとはマッキーの着替え待ちだ。
今日は駅前のファーストフード店に行く。

「大人しそうな子だったよね。及川に似合わない感じの。」
「ちょっ、まっつん失礼!」
「お前桃谷の弱みでも握ってんのか。」
「岩ちゃんまで!」

そう。
北一の時に同じクラスだった。三年の時。
おとなしい子で、休み時間には読書か、同じ系統の子と静かに談笑しているような、そんな、クラスに1人や2人いそうな子。
文化部だった彼女は、俺らみたいな運動部を苦手としていたのか、喋ったことはあまりなかった。同じ中学のクラスメイト。たったそれだけ。

卒業して新しい環境で、彼女のことを忘れてさえもいた。けれど、去年の烏野との試合で、彼女を見かけ、思い出した。正確には岩ちゃんに言われて気づいたけど。

そしたら、高校デビューなのかな。髪がロングに変わって、ちょっと染めてて、なんだか垢抜けてて。運動部苦手そうなのに、マネージャーなんかやってて、変わったな、って気になった。まぁ実際の彼女を知らないから、本当は前々からマネージャーがやりたかったのかもしれないし、別に中学では猫かぶってたのかもしれない。
それでもなんだか気になったから、声をかけたのが最初。

なんでマネージャーやってるのか聞いたら、
「及川君たちのバレーがかっこよかったから。」だってさ。不覚にもどきっとしちゃって、じゃあ青城来ればよかったのに、なんて言いそうになったけど、色々な事情があるのだろう。

それからはメールでやり取りをして、遊びに行った。真面目なところとか、若干抜けてるとことか、押しに弱いとことか、あ、なんか、かわいいな、なんて思って。それから半年経って思い切って告白をした。
そしたらさ、中学から実は好きだった、とか、もう抱きしめちゃったよね。

とにかくもう大好きなの。

「そのマネちゃんだけどさ。」

着替え終わったマッキーが、エナメルバッグを肩にかけながら言った。

「うん。」
「この間烏野の奴と歩いてるのみたわ・・」
「まあ、青城と烏野ってわりと近いから、どっかで遭遇することもあるよね。」

桃谷さんの交友関係は知らないから、どんな子と仲良いんだろう。でも中学の時と同じ、おとなしい感じの人たちかな。あ、でもマネージャーだし、清水さんと仲良いのかな。

「バレー部と歩いてたわ。」

ほらね。

「マネちゃん?」
「いや、男子」
「は?」
「あ。」

いや、マッキー。しまった、みたいな顔してももう遅いから。男子?バレー部?

「え?なに、どういうこと?バレー部全員で出かけてたんじゃないの?練習試合の帰り、みたいな。」

そうだよ!練習試合くらいするよね!バスか電車か知らないけど、たまたまバス降りてからの団体移動のときとかじゃないの?!

「いや、2人でデパートで見たけど。」
「はいうそー!!」

んなわけないじゃん!男女2人で遊びに行くってもうデートじゃん?!浮気じゃん?!いやいや俺たちまだ付き合って3ヶ月くらいしか経ってないから!そんな浮気なんてありえないでしょ!

「浮気されてんじゃねーか!ザマーミロだわ!」
「まぁ、日頃の行いの悪さじゃない?」
「ちょっとそこの2人黙って!」

岩ちゃん喜んでやがるし。ていうか日頃の行いの悪さってなんだよ!別に悪いことしてねーし!つーか!

「主将君かな?!それって!」
「いや、違う。」

待て待て待て!主将だったらまぁ部活関係で話したりもするんじゃないの?!週末に会って、みたいな。清水さんはたまたま遅れてくる、みたいなさ!
浮気なんてするわけないでしょ?!だって中学の時から俺のこと好きって言ってたんだよ?!

「じゃあエース?確かにガタイもいいし、頼もしそうだったよね、いかついし。」

まっつんは妙に納得していた。
確かにエース君頼り甲斐ありそうだったけど!

「いや・・・セッターの」
「はぁぁぁぁああ?!」

あの爽やか君な!副主将でしょ?オッケーオッケー!清水さんと主将君、桃谷さんと爽やか君で部活の話進めるのかな?!そうだよね!同学年だし!

「え?セッターって、及川の後輩の?」
「は?飛雄はないね!ありえない!ないない!ちょっとまってよまっつん、冗談でも言って良いことと悪いことあるよ?!3年って言ってたし!」
「さっきからうるせーな!クソ及川!」
「くそはやめて!!」

飛雄は絶対にありえないでしょ?!だって飛雄だし、飛雄だよ?!しかも1年だし多分接点ないしあってたまるかだし。

「ていうか俺の彼女なんだから俺がゴチャゴチャいうのは当然じゃない?!俺たちまだ付き合ってそんな経ってないし、たまたま2人で歩いてたんじゃないの!」
「お前の彼女照れてたけど。」
「どうしてそうやって俺の心を折ろうとするの?!」

なんでもっとオブラートに包もうとしないのかな?!マッキーって!もっとこっそり教えるとかあるよね?!岩ちゃんとか喜んじゃってるじゃんか!

「お前は女子にキャーキャー言われて、お菓子も喜んで貰うくせに、桃谷が男と遊ぶのはダメなんだな。」
「そりゃあ心のこもったものを無下にはできないよ。でも2人では遊ばないから!」

うわ、くそめんどくせぇって顔してる。大丈夫。俺めげないから。

「でもお前の彼女、あの三年セッターとの方がお似合いだよな。」
「わー、なんでお前らそんな傷つくことばっか言うのかなー。」

え、だって
とマッキーは続けた。

「及川に彼女いるとか腹立つじゃん。しかも純情っぽい子。」
「惚れ薬かなんか飲ませた?」
「毎月契約金かなんか払ってんじゃねーの。」
「よーしわかったお前ら全員ここに座れ!!!!」

これも一応俺に対する愛の言葉と信じておく。しかし、だ。
マッキーの言うことが本当なら事態は一刻を争う。

携帯を取り出し、急いで通話ボタンを押す。

「心配で電話してる。」
「そのまま別れりゃいいのに。」
「岩泉おっかな。」

聞こえてっからな。口には出さないが睨みつけると睨み返された。なんでだよ。

『もしもし。』
「あ、もしもし桃谷さん?!」
『う、うん。どうしたの?及川君』

少し出るまでに時間がかかったけど、桃谷さんが出た。

「今何してるの?」
『え、今?今まだ外にいるけど。』

電話越しに人の声や車の音が聞こえる。
そりゃあ部活終わったばかりならまだ外にいるか・・・。頭ではわかっているが気になってしまう。

「そう。今から会える?」
『え、今?今は・・・』

気になってしまったのだから仕方ない。駅まで迎えに言ってそこで直接聞いてしまおう。もし浮気なら浮気でもうわかりましたさようなら、だ。それにしても彼女の返事がどことなく歯切れが悪い。

『今は・・・「桃谷ちょっときてみー!」あっ!うん!』
「え、誰かいるの?」
『ご、ごめんね及川君!あとで掛け直すね!』
「え?ちょっとまっ・・・」

少し気まずそうな声だった。誰かに話しかけられてた。男だった。しかもそっちの方優先にしてたし。もしかしてそれが爽やか君ってか。
しかも一方的に切られたぞ。

「・・・及川?」
「・・・わりとマジ系?」

いやいや、せめて浮気するなら俺の知らない人にしてよ。しちゃダメだけどね!
何?今からデートしちゃうとか?
自分で言ったらぶっ飛ばされるけど、俺結構いい男だよ?

バレーと私どっちが大事?って歴代の彼女たちが言ってたし、大体の別れる原因それだけど。桃谷さん、バレーする俺が好きなんだよね?バレーと私、じゃないよね?!
お?もしかして、これ、浮気じゃなくて俺が浮気相手てきなオチ?

「帰る。」
「は?」

上等じゃん。突き止めてやるよ。流石に俺の方が浮気相手だったらめちゃめちゃ腹立つし、すぐに別れる。
そうと決まればもうここには用はない。
急いで立ち上がり部室から出た。



「修羅場だったらどーすんの?」
「いや、流石に反省するわ」
「日頃の行いだろ。」
「相変わらず厳しいのね。」





・  ・  ・






とは言ったものの。
どこで何をしているのかさっぱりわからない。多分駅だろう、と勝手に決めつけ、駅の外にあるベンチに腰掛けた。
デパートあるし。お店もあるからね。ここに座ってれば見えるでしょ。あの感じじゃまだぶらぶらするっぽかったし。

ただこのベンチ、一応見渡せるけど、駅の入り口もう一つあるんだよね。そっちからきたら俺意味ないんだけどね。
ていうか烏野の最寄りだから、うちの制服目立つな。だが今は気にしていられない。
視線だけを動かして歩く人を確認する自分は、まるで獲物を狩る鷹のようだ。

それからそう時間は立たずに、お目立ての人を見つけた。
やはりあの副主将と、楽しそうに歩いていた。桃谷さん達は俺にはまだ気づいていないのかニコニコしている。

どことなく目つきが悪くなっていることに気づくが、気にせず2人を凝視する。
それに気づいたのか、副主将君と目があった。彼と数秒目が合う。そして彼は俺に笑顔を向ける。え、なにそれ。

副主将君は桃谷さんの肩を叩き、なにかを耳打ちしていた。ちけーよ。すると桃谷さんは慌てて顔を上げる。そこでやっと目があった。

桃谷さんは真っ赤になりながら、副主将を見つめて何か言っている。けれど彼は笑っている。もう側から見たら彼氏にからかわれる彼女だよねー。

それから少しだけ2人で話して、桃谷さんはこちらに小走りでやってきた。副主将君はというと、こちらに来る気配はなく、手を上げてなにか口パクで喋っていた。ご め ん。多分、ごめんだ。
なんだ?俺が本彼だぜ、ごめん、って?

「どうしたの?及川君。」

桃谷さんは目の前で止まって、不思議そうに聞いてきた。それこそ、別にやましいことはない、って顔で。

「今のって。」
「あ、うん。知ってると思うけどバレー部の副主将の菅原君。」

さっきまでいた爽やか君はいなくなっていた。

「いないけどいいの?」
「うん。駅まで送ってくれてたんだけど、及川君きたから。」
「ふーん?」

駅まで送ってくれるなんて優男ですなぁ。とかいって本当はそのままどっか行くつもりだった?

「さっきは電話くれたのにごめんね。」
「いや・・・そん時も爽やか君だったんだよね?」
「爽やか?菅原君といたよ。」

いたよ。じゃないんだけど!!

「2人で?」
「え?う・・・うん。」

少しくらい否定してくれてもいいのにな。
やっぱ別に悪いとか思ってないのかな。俺だけかな、そういうの気にしてるの。

「なんで爽やか君と2人だったの?」

なるべく笑顔を保ちつつ、桃谷さんに言った。

「買い物に付き合ってもらいたくて、私がお願いしたの。」
「お、俺でいーじゃん。」

買い物くらい付き合うし。てか買い物一緒に行きたいし。どういうの好きなのか知りたいし!

「ご、ごめんなさい。すぐに欲しいものだったから・・・。」
「よ、呼んでくれたらすぐ行ったし。」
「でも・・・」

え?!なんでそんな歯切れ悪いの?!
次からは及川君呼ぶね、でいいんだよ?

「う、」
「う?」
「浮気じゃん!」

なんか言いづらそうにして言うのはもう浮気だよ。そういえば一言も言ってなかったし。言って欲しいよね!ちょっと男子に買い物付き合ってもらうってさ!いややっぱダメ!そこは俺が行くとこじゃんか!彼氏だから!

「ご、ごめんね。でも及川君は青城だから、わざわざ来てもらうのも悪いし・・・部活で疲れてるだろうし・・・。」
「それは爽やか君にも言えることだかんね!部活で疲れ・・・じゃあ岩ちゃんでいいじゃん!」
「・・・え。岩泉君?」

そうだよ!100歩譲って岩ちゃんなら許す!ほらだって俺ら幼馴染だし阿吽の呼吸だし一心同体だからね!岩ちゃんと遊ぶイコール俺と遊ぶみたいなもんだから!岩ちゃんは俺!俺は岩ちゃん!・・・何言ってんだ?

「い・・・岩泉君はちょっと・・・。」
「え?なんで?岩ちゃんなら幼馴染で安心出来るけど。」
「いや・・・」

桃谷さんは苦笑いをしていた。そしてごめんなさい、と頭を下げた。

「そうだよね。私がこんな紛らわしいことしてるから、及川君怒ってるんだよね。」
「お、怒ってるけど、凄くじゃないよ?!も、もう!くらいだよ?」

改めて謝られるとちょっと困るよ。

「本当は当日に渡したかったんだけど、今渡すね。」
「へ?」
「はい。お誕生日おめでとう。」

桃谷さんは鞄から小さな包みを取り出して、こちらに渡してきた。

「え?なんで知ってるの?」

言ってないはずなのに、何故か焦ってしまい、受け取れずに聞き返してしまった。

「岩泉君が、及川君の誕生日、明日って言ってたから、急いで買ったんだ。」
「・・そう。」
「何買えばいいか分からなくて、菅原君に相談してたら、付き合ってくれたの。嫌な思いさせてごめんなさい。」
「いや・・・いいよ。ありがとう。」

まだ付き合ってそんな長くないから、別に俺の誕生日なんて言わなくていいと思ってた。
でも岩ちゃんってば粋なことしてくれるじゃん。

「だから、私、浮気じゃないよ。」
「こちらの方こそ、疑ってごめん。」
「そもそも・・・私が・・・及川君にベタ惚れなのに・・・誰と浮気するの?」
「うっ・・・」

可愛いすぎる!
ちょっと何それベタ惚れなの?!俺にベタ惚れなの?いや、俺の方が桃谷さんにベタ惚れだかんね!

「・・・天使。」
「え?!」
「本当、ありがとう。」
「いいえ。1日早いけど、お誕生日おめでとう。」

ありがとう。
本当ごめん。ただ、一つだけ言わせて。






「昨日なんだ・・・」
「えぇっ?!」

なんで微妙にずらして教えてんの?!岩ちゃん!!確かに当日はバレー部に祝ってもらったけど!だから会えなかったし、多分桃谷さんもバレー部優先にしてって言ってくれてたけど!!
だったら当日にハピバメール欲しかったんだけど!!
一体俺になんの恨みがあるの!あいつは!!

「岩泉君に騙された・・・」
「か、からかってるだけだよ!多分!」

ほら桃谷さんショック受けてる!

「ほ、ほんと?」
「ほんとほんと。たまにからかいたくなるんだよ、多分。」
「お、及川じゃなくて俺にしろって言ってたけどそれもからかってるだけだよね?」
「うん。からかってるだけからかって・・・は?」

え?なに、それ。
オイカワジャナクテオレニシロ?

「ん?」
「ごめんなさい、ってお断りしたけど、あれは岩泉君的なジョークなのかな?」

ちょ、ちょっと待ってて、と桃谷さんに告げて慌てて発信ボタンを押す。が、直接留守番電話サービスに飛んだ。あのやろう。明日覚えておけよ。








・  ・  ・







「なにしてくれてんの!って朝一で及川に怒鳴られそうだね。」
「幼馴染2人で1人の女取り合うって、もう昼ドラじゃん。」
「誕生月合ってるだけありがたいと思えっつーの。」
「「おっかねー」」







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