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「あれ、それ」

 向かいで本を読んでいた赤木さんがわたしの手元を顎で指した。その視線を辿って手に視線を落とす。そこにあったのはなんの変哲も無いわたしの手と編み棒と編みかけのマフラー。

「マフラーですか?」

 そう聞けば赤木さんは「違う」と言った。もう一度、指、と顎を動かす。コタツの中で動かした足が触れ合った。

「あ、マニキュアですか?」
「ああ」

 いつの間に。驚いたようにわたしを見る赤木さんに含み笑いをして唇に指を当てた。いつもは内緒にされてばかりだからこれくらいはいいだろう。指先に乗せられた色は銀色。きらきらとラメを含んで輝く銀は陽の光を浴びて輝く赤木さんの髪の色。お店でこれを見かけた時、まさに運命だと思った。多少値段は張ってしまったけれど必要投資なのだ。指先に彼色が乗るだけでまるで全身を彼に包まれているような感覚に陥ってしまう。わたしは彼の何でもないというのに。

「へェ……意外だな」
「なにがですか?」
「そういうの、今までしなかったからさ」
「あー……たしかに」

 内緒にしたと言うのに全てを見透かしたような赤木さんの言葉。そういえば、マニキュアなんてつけたのは初めてだ。生まれて初めて自分で塗ったものだから右手の爪に塗るときなんてはみ出しまくりで遠目でこそわからないものの近くで見るとかなりアラが目立つ。そう思ったらなんだか恥ずかしくなってきた。もっとうまく塗れるよう練習してから彼の前に出せばよかった。慌てて隠したところでもう遅いのに編みかけのものをカゴにしまってコタツの中に手を突っ込んだ。

「あらら」
「えっ」
「勿体無い。綺麗だったのにね」

 きれい、綺麗。形の良い唇から発せられた音をゆっくり咀嚼する。瞬間、ぶわりと顔が赤くなってしまう。綺麗と言われたのは指先のマニキュアであってわたしではないのに。彼がわたしの目をまっすぐ見て言うから、勘違いしてしまう。顔が、あつい。

「ククク……相変わらず面白いな」
「ひ、ひどぉ……」

 こたつを挟んで向こう側、距離はそんなに近くないのに足が触れ合うせいで近距離に感じてしまう。熱いのはこたつの所為なのか赤木さんのせいなのか。つん、とこたつの中でわたしの足先に彼の足先が絡まる。遊ぶように、くすぐる様に器用にわたしの足を絡め取っていく。むずがゆい様な恥ずかしいようなその行為に堪らなくなって顔を伏せる。そんなの許さないとでも言いたげな赤木さんがさらに足の進行を進めた。長い綺麗な足が、彼のこたつの中でもひんやりしたつま先が内腿に当たる。ぴく、と肩が上がってしまい目ざとく見つけた赤木さんはくつくつと忍び笑いをした。

「う、うぅ……からかわないでくださいよぉ」
「悪いな、反応が面白かったからさ」
「面白がってる……」

 再び顔を伏せようとしたところでやけに艶の乗った声で赤木さんが囁いた。可愛いぜ、と。掠れて、低くなった綺麗な声はわたしの鼓膜に寄り道せずにまっすぐ入ってくる。触れた耳たぶからじんわりと温かさが広がっていく。熱くなった頬を冷ますように手を当てる。こたつにしまっていたせいで随分暖かくなってしまっているけど頬よりも幾分か体温の低いそれに目を閉じる。

「ああ、やっぱりいいな」
「え?」
「爪」

 あ、と間抜けな声が出る。しまった、恥ずかしくって隠していた爪が今や白日の元に晒されている。きっとこの色の意味を彼は分かっているのだろう。

「それ、なんでその色なのか教えてくれよ」
「いやです」
「クク……」

 含み笑いをしてからおもむろに立ち上がった彼は少しの迂回をしてわたしの隣に膝をついた。こたつ布団があがったせいで冷気がわたしの足を包む。

「なァ」
「うっ」

 端麗な顔がわたしのすぐそばにある。ふ、と息を漏らして赤木さんが笑った。そのまま大きな手が頭の上に乗ってゆるりと動き出す。やがて頭の上にあった手は頬へ移動していて俯いていたわたしの顔を上げさせた。なんでも見透かしているような瞳の中にわたしがいっぱいに映り込む。その状況が堪らなく恥ずかしい。逸らしたくともそれを許してくれない赤木さんの瞳。否、逸らそうと思えばきっとできるのだろうけどそれをしようとしないのだ。もう少しこのまま、あと少しだけ。その思いが、欲望がわたしの中の何かを駆り立てる。気づいたら赤木さんは鼻先が触れ合うくらい近づいていてハッと我に帰った。

「あ、かぎさ、」
「ん?」
「ん、じゃなくって」

 近いです。そう言って身動いで距離を取ろうとしたけれど易々と絡め取られた指先と腰のせいでそれすらもできずに終わった。半ば倒されかけている格好。羞恥で顔を伏せようにもそれもできない。前を向けば赤木さんがニヤリと笑いながらわたしを見つめている。

「近、んぅ」

 辛抱たまらず目をぎゅっと閉じれば待っていましたとばかりに唇が降ってくる。柔らかく塞がれたそれに薄っすら目を開けると視線が絡まりあった。逸らせない、逃げられない。本能的にそう悟ってしまう。

「あ、かぎさ、ん」
「名前」

 降り注ぐキスの合間に名前を呼ばれる。答えたいのに口を開けたそばから舌が入り込んで喋ることはおろか息すらままならない。は、と苦しそうなわたしとは裏腹に余裕そうな顔で角度を変えて何度もなんどもわたしの唇を貪る赤木さん。歯列をなぞられ、口蓋をくすぐる舌先が何度も強張るわたしのそれをほぐすように舐る。気づいたらわたしも赤木さんの口の中にいて、自分が自分じゃなくなるんじゃないかとそんな感覚に襲われた。上擦った声に甘さが乗っかってキスの合間に零れ落ちる。あたまがくらくらする。まるで逆上せているみたいに。

「ゃ、あかぎさ、」

 腰に回った手に力が入る。そのまま簡単にこたつから抱き上げられた。ひやりとした外気が直に足にまとわりついた。逆上せかかった身体にはちょうど良い休息。けれど心地よいと感じる隙間もなかった。わたしを抱えた赤木さんは勝手知ったるやまっすぐ寝室を目指す。

「あかぎさん、」
「言わない名前がいけない」
「そ、そんなぁ」

 もっとも、彼の中の何かに火がつくと同時にわたしの中の何かにも火がついてしまったのだ。ここで止めるなどお互いできるわけがない。それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。これから起こることに顔を覆いたくなるような羞恥を感じる。

「クク……今更だ」

 わたしを布団の上に優しくおろしてそう囁いた赤木さんになにか恨めしいものを感じながら目を閉じた。

「良い子だ」
「こどもあつかい」
「そう拗ねるな」

 子供相手にこんな事はしない。

 耳元でやけに艶の乗った声で言われてしまえばあとはされるがまま。わたしの服の釦に手をかける赤木さんを眺めながら、どうやってマニキュアの色の話を誤魔化そうか考えていた。
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