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神域

 わたしの好きな人は年上だ。それも一回りなんてものじゃなく、一回り半くらい上。たくさんの人に尊敬されて、神域の男、なんて二つ名がつくくらい凄い人らしい。あいにくとわたしは麻雀はてんで駄目な為、彼がいかに凄いかは又聞きしたところで分かりもしないのだけれども。
 わたしの好きな人はちょっぴりわがままだ。たばこもパカパカ吸うし、ある時は夜中にふぐ刺しが食べたいと言ったこともあったそうだ。そんな大層わがままな彼に振り回されるのが好きなあたり、わたしも相当変わっているのだろう。
 わたしの好きな人はたくさんの人に愛されている。ひろくんだったり、天さんだったり。その代わり若い頃は色々怨みを買うことも多かったと笑いながら話してくれていた。余談だが、わたしは彼が笑ったときの下がる目尻と寄った皺がとても好きだ。
「神域」
 今日も帰ってくるなり、ソファで就寝してしまった神域こと赤木しげるの方にそっと触れる。ソファで寝ては風邪をひくと何度も言っているはずなのに、彼は今日もこうして寝てしまった。背もたれにかけられた白い靴下を持ち上げて、洗濯カゴに入れる。流行りの歌になんだかこんな感じの歌詞があったような。
「神域ってば。スーツしわくちゃになっちゃいますよ」
 いかにもお高そうなスーツに皺がついては大変だ。これも何回も言っている気がするけれど彼はそう言ったものに頓着しないのか、皺が寄ろうがトマトソースが付こうが気にしない。そのたびわたしがそばで顔を青くしなければいけないのだ。だってなんだか心臓に悪い。
「……」
 数回声をかけて見ても、ぴったりと閉じられた瞼が開くことはなく、薄く開かれた口からは規則正しい寝息が聞こえた。これは起きないやつだぞ、一人嘆息してどうしたものかと頭を抱える。こうなった彼はまず起きないし、このまま寝かせておけば風邪をひくかもしれない。それに皺、と考えたところでぽんと手を打った。
 ――そっと起こさないようにスーツを脱がせてから、起こせば問題ないのでは。そうすれば焦らずゆっくり起こすことができる上にスーツも皺にならない。なんて妙案。そうと決まれば早速取り掛かるのみだ。高そうな生地のスーツにそっと手を伸ばして脱がしかけたその時。
「寝込みを襲うとはなかなかやるじゃねぇか。名前」
 不意に耳に届いた声に大げさなくらい肩が揺れ心臓が跳ねる。声音から察するに全くもって彼は一睡もしていないようだった。ということは。
「た、たぬきねいり……!」
「お前がどうするか気になったんでな」
「だ、騙したんですね……! ひどい……!」
「お前が勝手に騙されたんだろ」
 そう言えばそうなのだけれどあんなにも綺麗な寝顔を見せられては信じるほかないじゃないか。文句を言いたい気持ちをぐっとこらえて、指先にかかっていたスーツから手をどかそうとしたらその指先ごと彼のに絡め取られてしまう。
「ちょ、し、神域……!」
「ん?」
「ん? じゃなくって、手!」
「ああ、名前の手は相変わらず温いな」
「いやそうじゃなくってですね」
 とんちんかんな返答に肩を落としかけたところで、いつの間にやら腰に回っていた手の存在に気づく。するり、と明らかな意思をもって上下する手に背筋がぞくりと粟だった。
「しっ、しん、いきっ」
「いいだろ。ほら、」
 先ほどまでは閉じられていた彼の目がわたしを捕らえて離さない。猛禽類のような瞳に絡め取られて、だんだんと近づいてくる顔に瞼をおとしかけたとき。遠くの方で小うるさく電話がなった。じりりり、じりりりり。
「しんいき、電話です」
「ほっとけ」
「ダメですよ。きっと天さんかひろくんですよ」
「ならなおさら良い」
「だーめーでーす」
 わがままな子供のような彼の手をぺしんと軽く叩き、緩まった腕の中から抜け出す。名残惜しそうに指先がわたしの手の甲を撫でて、ついと離れて行った時ぞくりと背中を何かが駆け上がった。
「はい、あ。ひろくん。どうしたんですか?」
 電話の相手は予想通りで、ほんのり焦ったようなひろくんの声にこれはお仕事の予感、とひっそり肩を落とす。先ほど帰ってきたばかりでまた出て行ってしまうのか。今日は一緒にいれると思ったのに。ひろくんの話を聞きながら重くなっていく心を隠そうと必死に足掻いていたら、わたしの右手から受話器が取り上げられた。
「あ、神域!」
「おう、ひろか。お前空気くらい読めるようになれや」
 そのまま目の前に電話、背後には神域とサンドイッチの具のような状態で待つこと3分。何やら決着がついたらしい話し合いは電話を切った音でわたしの意識を戻した。
「いくんですか?」
「そんな寂しそうな顔すんじゃねェよ」
「さ、さびしいんですもん」
「珍しく素直じゃねェか。ククッ……安心しな。すぐに帰ってくる」
 そう言っておでこに口付けを落とした神域にわたしは何も言えなくなってしまって、せめてもの反抗心で「ベッドで待ってます」と伝えた声は快活に笑う彼のものでかき消されてしまった。
 どうやら急いで終わらしたらしい神域に声が枯れるまで抱きつくされたことはもはや言うまでもないだろう。
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