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初恋カルピス

 窓側の一番後ろ、教室の隅っこにある席。そこがわたしと有栖川くんの席だった。わたしが窓のそばでその隣が有栖川くん。大きなピアスのような耳飾りをつけた有栖川くんは滅多に学校に来ず、来たとしても授業中は寝てばっかで何を考えているのか、何をしているのか謎に包まれていた。ただ一つわかったのは彼は決まって1時間目を30分遅れで教室に入ってくることくらい。残り20分の1時間目を寝て過ごし10分休みになったら目を覚ます。そうして始まった2時間目も寝て過ごして以下同じ。お昼休みになった途端、何も入っていない大きなリュックを背負わず手に持って、何も言わず教室から出て行ってしまうのだ。大股で口を真一文字にして歩く有栖川くんに、不思議とわたしは惹かれて行った。知的好奇心、といえば聞こえは良いが、これはよくよく考えれば恋のようなものだったのかもしれない。
 そうして何ヶ月か有栖川くんを観察して、わかったことがもう一つ。彼はここ最近教室から出ていくとき必ずわたしを一度見やって、にやりと笑うのだ。最初の方は真意がわからず首をかしげるだけだったけれどつい2日前、わたしは「これは彼がついてこいと言っているのでは」という結論にたどり着いた。
 今日もお昼休みになった途端教室から出ていく有栖川くん。にやりと笑った彼の顔が焼き付いて離れないわたしは、ぐっと息を飲んで、横に引っ掛けていたスクールバッグを手に持った。
「えっ、ちょっと!? どこ行くのよぉー!」
「早退! 具合悪い!」
 仲のいい子にやや乱暴に伝えると、教室から出た途端ポケットに入れていたスマホが震えた。走りながらそれを確認すると彼女から可愛らしいスタンプ付きで「協力したげるからスタバおごってね」とメッセージが入っていた。



 有栖川くんを追って外に出た途端、晴れていた空は黒く大きな雲で覆われていた。校門から出てすっかり小さくなった有栖川くんの背中を追いかけている時には頬に雨粒が当たるようになって、やっと追いつくぞという時になって小雨だった雨は本降りになっていて頭のてっぺんから爪の先までわたしはずぶ濡れになってしまった。それでも見つからない有栖川くんに、わたしはなんて馬鹿な事をしているのだろうとふと我に返ってしまう。そもそも有栖川くんが笑う事だって、わたしの勘違いかもしれないのに。空模様と同じでどんよりと曇りかけていたわたしの心と、止まった足。帰ろうと踵を返しかけたわたしの腕をぐい、と誰かが引っ張った。
「っひ、」
「っだー、おっせぇなお前! 降られちまったじゃねえか!」
 ばつばつと屋根に当たる雨音と、耳に触れる心臓の音。初めて聞いた有栖川くんの声は思ったよりも高いような低いような、なんともいえない感じでどきりと心臓が高鳴った。引きずりこまれた軒下は割りかし狭く、ぴったりとくっついていてようやく濡れないほどだった。
「有栖川くん、意外と背高いん……ですね」
「んだそれ。ハジメマシテの感想それかよ」
 呆れ気味に笑った有栖川くんの笑顔は、キラキラしていて体の真ん中がきゅんとしてしまう。濡れていて寒いはずなのに、暑い頬はきっと気のせいじゃないだろう。
「喉乾いたな」
「あ……カルピスなら、あるよ」
「お、マジ!? くれ!」
「うん。ちょっと待ってね」
 はい、と渡した時にほんのちょっぴり触れ合った指先がじんわりと熱を持っていく。ごくごくとペットボトルを飲み干して行く有栖川くんを見つめていたら、彼は教室を出ていくときと同じ顔でわたしを見た。
「間接キスだな」
「へ、ぅ」
「茹で蛸みてぇ」
 返された手の中のペットボトルをみて、なんとなく初恋の味はカルピスと似ているなんて言葉を思い出していた。
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