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尾形と痴漢被害2

 立ち上げたメールの画面には送ろうか迷ってすでに15分経つ文面がずっと表示されていた。淡い光はわたしの顔を照らして、震える指先がなんども送信をタップしそうになって避けてしまう。そもそも送れるわけがない。お礼がしたいから都合のいい日を教えてくれ、なんて。毎日わたしと一緒に電車に乗ってくれているだけでも大変な迷惑をかけているのに、その上休日まで取り上げてしまうなんてわたしには到底できない。そう思うのに往生際の悪い心は「いやでも」とか「お礼らしいお礼してないし」などとのたまって、幾度となく送信ボタンを指先でかすめてしまう。そうして何度目か指が送信ボタンに掛かった時、堪えきれずに「へっくしょん」とくしゃみを一つ。

「ああ!!」

 あまりに意地悪なタイミングでのくしゃみは、まるでいつまでたっても送ろうとしないまどろっこしいわたしに痺れを切らしたように送信ボタンを押してしまう。情けない声が部屋中に響いて、画面に表示された「送信完了」の四文字が何故か誇らしげに佇んでいた。



 メールを送ってから、尾形さんの返事は早くてものの五分もしないうちに受信ボックスに入っていた。絵文字も、なにもない簡素なメールには「明後日、日曜日。10時から駅前で」とだけ書いてあって、それだけなのにわたしの心はわかりやすいくらいに舞い上がってしまっていて、カレンダーの日付に赤ペンで大きく丸をつけてしまうほど。何を着て行こうか、何を履いて行こうか、どんな髪型にして行こうか。まるでデートのようなドキドキ感に何度も違うと否定して、それでも浮き足立つ心は止められない。結局無難に花柄のワンピースとレモンイエローのパンプスにして、髪型はハーフアップ。癖毛もなんとか押さえつけて、駅前に着いた時間は約束の時間の15分前。目印の大時計に近づいて行くにつれて、心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。ほんの少しあるヒールが音を鳴らして、わたしの体を運んでいった。

「――あ」

 銀色の柱に寄りかかるひと。グレーのジャケットのその人が目に入った時、自然とわたしの足は残り数メートルの距離を駆けていた。

「すみません……! お待たせしました」
「いや、待ってねえよ」

 くしゃりと前髪を撫で付けわたしを見つめる尾形さんにポッと顔が熱くなって行く。赤くなった顔を見られたくなくて慌ててうつむいたら尾形さんが小さく笑ってわたしの先を歩き出した。遠ざかって行ってしまう背中を急いで追いかけると彼が立ち止まって、ゆっくりと振り返り手を伸ばす。掌がこちらに向けられた意図がわからずに首をひねっていたら、痺れを切らしたらしい尾形さんがいつものような無表情でわたしの手を引いて歩みを進めた。大きな手に包まれて、全身の血が沸騰してしまったかのように暑い。何を喋ったらいいのかわからずにやっぱり俯いているわたしを見て斜め前の尾形さんがふ、と息を漏らした。

「そんな緊張するなよ。はぐれたら面倒だろ」
「そっ、そうですよね……!」

 なんともないように努めた声はすっかり裏返ってしまって、そんなわたしを見た尾形さんは「ははッ」と一回だけ笑って歩き出した。もちろん手は、繋がれたままで。
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