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宇海零

 オンユアマーク。そんな声が聞こえたような気がした。ええっと、たしか、日本語訳は。
「位置について」
 ぽつんと耳に滑り込んだ声に辞書をめくる手を止めた。辞書特有の薄い紙が指の腹を滑って落ちる。パッと顔を上げるとそこにいたのは見知らぬ男子生徒。西に傾いてきた日を受けて、輝く髪は不思議と青みがかって見えた。きらきらとした目がわたしを見つめて、なんだか心臓がどきどきと早鐘を打ってしまう。いや、なんで。いつのまにかポッと赤くなってしまったほっぺたを手のひらで包んで小さくお礼を絞り出した。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。いつもここで勉強してますよね、今日は――」
「あ、名前! 辞書こっちのがいいでしょ」
 何かを言いかけた男の子の声を遮るように友人の二つ結びが揺れる。新しい辞書を手に持ったまま、再び彼の方を見上げたらそこに彼の姿はなくなっていて、思わず首をひねってしまう。
「どうしたの?」
「さっき、ここにいた」
「ああ、宇海零くん」
「知ってるの?」
「知ってるも何も、超頭の良い二年生だよね。有名。名前、疎すぎ」
 持っていた辞書をすいと取り上げられ、ぺしりと頭を叩かれる。重みに変な声が出て、恥ずかしくって友人の腕を叩いたら二人して笑ってしまって、図書委員から咎められてしまった。
「だって、有名って言っても下級生とか知らないし。そもそも勉強キライだからキョーミないっていうか」
「名前はそういうとこあるよね。まあらしいっちゃらしいけど。で? あの秀才様に何教えてもらってたのよ」
「ああ、これ。辞書引いてたらパッと教えてくれたの。凄いよねぇ」
 ととん、とリズミカルに問題の文を叩くと横からは盛大に呆れたようなため息が。顔を見れば案の定呆れ返った顔をしていて、もう一度辞書で叩かれてしまった。
「痛いよぅ」
「あんた、オンユアマークすらわからないの? あっきれた。それじゃあ今回も補修組ね」
「やだよぉー、補修は嫌だよぅ、教えてぇ」
「はいはい。ほら、開いて」
 椅子を引いて、座った彼女の顔がキリッと変わって空気が澄んだような気がした。かくいうわたしの頭の中はテスト三分の一、宇海零くんのことが三分の二を占めてしまっていて上の空なわたしは三回めの辞書を頭に受けることになってしまったのだった。

「へえ、名前さんっていうのか」
 ――彼のそんな言葉なんて、わたしは霞すらも知らなかった。
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