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尾形百之助

 ぐしゃりと何かが潰れる音がした。そして音を立てて頭の中のそれらが崩れ落ちて、わたしはいま立っているのか座り込んでしまったのか、そのどちらかもわからないくらい。目の淵が熱くて、両目から落ちる涙がぼたりぼたりと床にシミを作っていく。わたしのそんな様子を見て、尾形さんが珍しく驚いたような顔をしていたのでほんの少しだけ笑いそうになってしまった。


 尾形さんと付き合っているのかと聞かれたら、わたしの答えは「よくわからない」だ。彼は家に居着いた猫のように、気まぐれにふらりとわたしの家に上がっては一緒にご飯を食べる中だった。ご飯を食べ、たわいのない話をして、セックスをする。それだけの仲だ。もちろんわたしは尾形さんのことを異性として好いている。それでも思いを伝えることができないのは、この関係が終わってしまうのが怖いからで。もしわたしが思いを伝えてしまえば、きっと尾形さんはどこかに行ってしまうだろう。それならばいっそずっとこのままでいたかった。だからわたしは必死で好きだと言わないようにしたし、尾形さんもきっとそうだ。
 それも、きっと限界だったのだろう。今日も今日とてわたしの家に勝手に上がり込んでいた尾形さんに晩御飯はどうするのだと聞いたら「食べてきた」だそう。

「今日はお仕事終わるの早かったんですね」
「ああ。そういうお前は今日は遅いな」
「ちょっとやることが色々あって」
「お疲れさん」

 ふ、と口元を緩めてその大きな手でわたしの頭をくしゃりと撫でる。ふわりとほのかに尾形さんの香りが鼻腔をついて、心臓がぎゅっとした。あ、どうしよう。なぜだか涙が出そうになって、小さく鼻をすする。

「風呂、湧いてるから――おい、名前」

 俯いたままのわたしを尾形さんが覗き込む。真っ黒い目にわたしだけが映り込んでいて、思わずうっと息を飲んでしまった。きっとひどい顔をしている。泣くのを必死にこらえているせいで引き結ばれた唇を柔らかくほぐすように、尾形さんの唇が降ってきた。

「何悩んでんだ」
「おがたさん」

 話してみろよ、そう言ってもう一度頭を撫でた尾形さんにわたしはまるで息をするかのように呟いてしまっていた。

「すき」

 自分が何を言っているのか、一瞬わからなかった。いま、なんて。慌ててパッと片手で口を覆っても一度吐き出してしまった言葉は取り戻すことなんてできなくて。目の前の尾形さんが驚きに目を見開いているのを見て心臓が押しつぶされた。おわってしまった、すべてが。

「っ、ぁ……ごめんなさい」

 情けなく震える唇で紡いだ言葉は同様に揺れていて、笑ってしまう。尾形さんの横を通って風呂場に向かおうとしたところで、わたしの腕が掴まれた。大きな尾形さんの手に、わたしの手首はいとも簡単に包まれてそのまま引き寄せられてしまう。一層強くなった尾形さんの香りに心臓が音を立てて、また涙が滲む。おでこに当たった尾形さんの胸、全身を包む温もり、閉じ込めるように背中に回った腕、その全てが愛しくてやっぱりわたしは尾形さんのことが好きなのだと強く自覚してしまった。

「なに言い逃げしようとしてるんだ」
「言い逃げなんて、」
「お前は」

 ぎゅ、と抱きしめる腕が強くなってそっと息を吐く。

「どうでもいいことはうるさいくらいに言うくせに、肝心なことは言わねえんだよな」
「う、うるさいって」
「好きだ」

 時が止まってしまったかのようだ。息がつまるとはこのことを言うのだろうと身をもって思い知る。ひゅ、と喉がなって目の裏が熱くなって。ぐしゃりと音を立てて崩れ去った何かが再構築されていくのがわかった。
 縋るように尾形さんの広い背中に腕を回すと、彼は満足げに笑ってわたしの鼻先にキスをした。

「お、おがたさんは、わたしのこと好きじゃないと思ってました」
「なんで」
「だって、ご飯食べて、その、いつも、えっちして、気づいたら帰ってるし」

 それに、と言い募ろうとした言葉は彼の中に吸い込まれて消えていく。そうして触れた唇が名残惜しげにはなれ、鼻先が触れ合うくらいの距離で「悪かった」と囁かれた。こそばゆい息遣いが唇に掛かって、息を零して笑ってしまう。

「……笑うなよ」
「ごめんなさい、だって、くすぐったくて」

 潰れたなにかも元どおりになって、わたしの心臓が暖かく柔らかい何かで満ちていく。もう一度小さく好きだと伝えて、今度はわたしから尾形さんにキスをした。
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