2次元 | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
牛山さん

 男の子は苦手だ。特に大きい人は。すぐにからかってくるし、いじめてくるし、追いかけてくるし。小さな頃の印象そのままに成長してしまったわたしは今でも男の子が大の苦手だった。だから彼氏なんてできなかったし、そもそもいらないと思っていた。大学に上がって、それなりに男の子とも交流をするようになったけれどやっぱりわたしの中では男の子は苦手なままで、それを今更どうこうしようなんて気はさらさらなくて。

「ね、いいじゃん。少しだけだからさ」
「ですから、あの、急いでるので」
「つれないこと言わないでさぁ」

 ああ、本当に。頭痛がしそうだ。わたしの行く道を塞ぐように立っている男の人をどうにかしようと色々試してみたけれど、どうにもうまくいかない。道行く人は見て見ぬ振りが当たり前で、誰一人助けてくれる気配なんてなくて。そうこうしているうちに男の人がわたしの手を掴んだ。ぞわりと何かが背を駆け上がって肌が粟立つ。思ったよりも力の強いそれに、どうすることもできずに浮かんできた涙を隠すように俯いたとき。

「嫌がる女を無理やりなんて、感心しねえなあ」

 引っ張られていた手が急に解放された反動で後ろに仰け反ってしまう。急なことでまともに踏ん張りもきかず、細身のヒールで受けきれるはずもなくわたしの体は後方に傾いた。転んでしまうと痛みに耐えるように目を閉じたところで、何か太くたくましいものに体が支えられた。

「え」
「あ? おっさんなんだよ」
「やるつもりなら、手加減はしないが」
「チッ、連れがいるなら最初から言えよ」

 目の前で行われる一部始終をまるで他人事のように眺めていると、小悪党のように去って言った男の人。そして――。

「大丈夫だったか」
「ひっ、う」

 わたしを支えてくれていた方がずい、とわたしを覗き込むようにして腰を折る。広い肩幅に高い背はそれだけでとても怖くて、それでも助けてくれたことには変わりはないのでお礼を言わなくてはと先行する心。焦りに焦りを重ねて、掌が汗でぐっしょり濡れてしまう。

「……? おい、大丈夫か」
「あっ、ありがとうございましたぁあ!」

 何も言わずだんまりなわたしを訝しんだ目の前の人が小さく首をかしげた。指先は携帯のバイブレーションのように震えて、喉もぴったりと張り付いてしまったかのように声が出ない。言わなくちゃ、なにか、お礼を。ぐい、と俯いていた顔を勢いよくあげてそのまま口を開く。すぅ、と大きく息を吸って出した言葉は震えてなんとも情けなくて。自分が思っているよりもだいぶ小さな音量で、それでもお礼が言えたという自己満足の元わたしは彼の腕からするりと抜け出し、脱兎さながら目的地の方へと駆けて行った。


 ああ、完全にやってしまった。あれから結局いっぱいいっぱいになってしまったわたしは途中で気分が悪くなって、目的地の本屋にたどり着けず自宅にとんぼ返りをしてしまた。この際わたしの気分が悪いのなんてどうでもよくて、目下わたしを悩ませているのは助けてくれた、いわば恩人のような人になんて失礼な態度を取ってしまったのだろうかということだけだ。あれだけ実家の母から「お世話になった人にはきちっとお礼をするものよ、たとえ自己満足でも」ときつく言われていたはずなのに。ガタイが大きいというだけであのビビリようは自分でもほとほと呆れてしまうほどだ。体育座りをして自分を責めている間もどんどん後悔の波が引くことはなく、わたしの心を飲み込んでしまう。
 もし、またどこかで出会えたら、たとえ覚えられていなくともきちんとお礼をしよう。そのときは、ちゃんと怖がらずに。
back