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杉元佐一

 いつも優しい杉元くんは今だってわたしのためにコンビニまでアイスを買いに行ってしまった。彼の部屋にポツンと残されたわたしは何をしていいかわからずに居間の真ん中で体育座りをしているだけ。時折、雑音が耳に飛び込んだりするけれど、特に変わったことも起きず、ゆったりと一人の時間が流れて行ってしまう。ぐるり、ぐるりと何度も部屋を見渡してふと目についたテレビ台の下。暗く影になっているところから出ている何か。一度気になってしまえば人間の好奇心とは恐ろしいもので、気づけばおそるおそるそれに手を伸ばしていた。免罪符のように「ゴミだったら捨てなきゃだもん」と呟きつつ指先に触れたそれを引っ張り出して、思わず固まってしまう。

「こ、これって」

 表紙に大きく写っている綺麗な女性、周囲に太字で書かれている文字は「陵辱」だとか「巨乳」だとか卑猥なあれそれで雑誌を持ち手が知らずのうちに震えてしまう。心臓が大量の汗を流し、自分の顔に熱が灯るのがわかってしまう。そ、そっか、そうだよね、杉元くんもこういうの読むよね。男の子だもんね。それもそうかと言い聞かせるようにしたはいいものの、胸中に残ったわだかまりは素直にはいそうですかとは行かなかった。

「……なんで、わたしには手だしてくれないのかな」

 ぽとりと落とした呟きは波紋のように心の中に不安を広げて行く。手に持った雑誌がくしゃりと音を立てて、その音がやけに大きく部屋に響いた。
 杉元くんと付き合って、半年になるけれど未だにキスをしてくれない。その先なんて以ての外だ。ここまでくるといっそわたしにそういう魅力がないとしか言いようがない。周囲の友人に相談しても、まともな意見がもらえた試しがなく、今まで幾度となくキスをしようと挑んだけれどその度それとなく交わされてしまう。いっそ清々しいくらいで、杉元くんはそういった欲求がないのかと思ってしまうほどだったけれどそれの幻想も今日、いともたやすく壊されてしまった。目の前には艶やかなお姉さんが色っぽいポージングで寝そべっている写真。

「そっか」

 すとん、と胸の中に沸石が落とされたように喧騒が静まる。こんな美人なお姉さんのほうが、いいのだったらわたしなんかじゃ欲情しないよな。胸だってこんなにないし、お世辞にも細いなんて言えない身体だし、何よりこんなに色っぽくないし。紙面に映る名前も知らない人に勝手に嫉妬して、劣等感を抱いて、ばかみたいだ。ばか、本当にばか。床に落とした本が寂しげに音を立てて、じわり滲んだ涙が頬を伝う。やだな、杉元くん帰ってきたらきっと心配するんだろうな。杉元くん、優しいから。

「ただいま――って、名前さん?」
「っあ」

 がちゃ、と扉を開けた杉元くんが俯いたままのわたしを見て訝しげな声を出す。その声を聞いてハッとして、慌てて涙を拭ったけれどそんな行動が杉元くんの目に止まらないはずがなくて。

「泣いてたのか」
「ちが、違うよ」
「なんで……ってうわああ!!」

 コンビニ袋を腕に持ったままわたしの顔を覗き込むようにした杉元くんが、足元に置いたままの雑誌を見て大きな声を出した。聞いたことのないような、なんとも言えない声にびっくりして彼の顔を見た。耳まで真っ赤に染まった杉元くんが雑誌を遠くに放り投げ、勢いそのままわたしの肩を掴む。

「ひゃ」
「み、見ちゃった……?」
「み、みちゃった」

 素直にそう告げれば、きゅっと結ばれた口が解かれて大きなため息が落ちる。そうして「あー」とか「うー」とかのうめき声と共に俯いた杉元くんが小さな声で「引いた?」と上目遣いでわたしの顔を見た。

「ひ、引いてないけど」
「けど?」
「わ、わたしには、そういうこと、してくれないから……い、意外で」
「そういうこと」
「き、キスとか……その、してくれないから」

 言っているうちになんだか自分はとんでもなく恥ずかしいことを言っているんじゃないかと思えてきてしまって、段々と顔が下がっていく。目の前で杉元くんが息を飲むのがわかって、引かれてしまっただろうかと一気に不安が押し寄せてきてしまう。嫌われてしまっただろうか。はしたないと思われてしまっただろうか。

「名前さん、」
「は、はい」

 名を呼ばれ思わず顔を上げた先、杉元くんが小さく「目、閉じて」と言った。最初は訳がわからず首を捻っていたけれど次第に近づく顔に全てを理解して、慌てて瞼をそっと下ろす。耳元でうるさいくらい心臓がなっていて、顔は燃えるように暑かった。しばらくして、唇にふんわりと優しく彼のものが当たった。それはすぐに離れてしまって、なんだか物足りないと思えてしまう。ふ、と唇に息が当たって目を開けるとわたしの視界いっぱいに同じように顔を真っ赤に染め上げた杉元くんがいてなんだか笑えてしまった。

「わ、笑うなよ」
「ご、ごめんなさい。でも、なんだか、嬉しくて」

 あれだけ悩んでいたのが嘘のように、今わたしの心はすっきりと晴れ渡っていた。もうあの雑誌の女の人に対する嫉妬心なんて綺麗さっぱり消え去っていて、彼の太い首に腕を回して飛びつけば杉元くんもわたしのことを抱きとめた。

「えへへ、杉元くん、すきだよ」
「俺も、名前さんが好きだよ」

 それから、杉元くんのあの雑誌の目的が表紙の女性ではなく中にあった女性だったことを知った。驚くわたしを尻目に彼は「この子、名前さんに似てるから」とついと目を逸らしながら言って、雑誌をゴミ箱に突っ込んだ。

「いいの? 雑誌」
「ああ、うん。だってもういらないから」

 こうやって、名前さんに触れてる方がずっと良い。なんて真面目な顔をしていうものだから、わたしはまた赤くなった顔を隠すために彼の胸に額を押し付けた。
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