欲しいものができたんだ、
アツヤ生存・三角関係注意
北海道の冬は寒い。気温の低さは勿論なのだけれど、時折びゅうびゅうと音を立てて吹く風は肌に突き刺さるように痛みをもたらすし、コートからはみ出た指先はまるで石にでも変えられたかのようにだんだんと感覚が無くなっていく。
「相変わらず、さむいね」
白い吐息に乗せて小さく言葉を紡ぐ。悴んだ指先を弄んだ。
横に並ぶ彼がこちらに微笑みかける。彼の白い肌はこの雪景色によく馴染んでいた。
「ふふ、鼻の先赤くなってる」
「!」
「はやく戻ろう?」
小さく頷き、二人で足を早めた。同じ歩幅の四つの足跡が雪原に続いていく。
「士郎くん」
「ん?」
木製の扉を開くその背中に呼びかける。こちらを振り向いた彼に向かって微笑んだ。部室にあるホワイトボードに書かれた日付は12月21日である。
「明日、誕生日だね、士郎くんの」
「!」
「昨日アツヤと話してたんだ。今年は何しようかなーって」
私の言葉にハッとしたような顔を見せる士郎くん。どうせ今年も気づいてなかったんでしょと笑いかければ、忘れてたよと照れくさそうに頭を掻いた。
いつもそうだ。士郎くんは、自分のことには割と無頓着である。誕生日だって、私やアツヤの誕生日はしっかり覚えているくせに。毎年毎年、自分のは人に言われるまで気づかないのだ。
予想通りの反応が面白くて、ふふ、と笑みが漏れた。
「士郎くん何か欲しいものとかある?」
「……んーと、そうだなあ」
分厚いコートを脱いで、肩に降りかかった雪を落とす。どうせいつも通り特に思い当たらないなあ、だなんて答えが返ってくるのだろうと予期しつつも、とりあえず聞いてみた。
と、意外にも彼はわざわざ動きを止めてまで迷うような仕草を見せる。思わず私の動きまで止まった。
だって、普段から物欲が全くと言っていいほどない士郎くんが、何かを欲しがっている風なのである。考え込む彼を覗き込んだ。
「士郎くん?」
「ずっと気になってたことなんだけど」
その時。彼の白い指が私の手首にのびる。がしりと強い力で掴まれると、そのまま体ごと士郎くんの方へと引き寄せられた。
冷たい手とは裏腹にあたたかい彼の体温がほんのりと感じられる、そんな距離の近さだ。驚いて身体が硬直する。ばく、ばくと心臓の鼓動が速くなるのがわかる。
「なんでアツヤは『アツヤ』なのに僕のことは『士郎くん』なの?」
「……へ、」
優しい声色には違いないのに、こちらを見る彼の瞳はどこか恐ろしくて。加えて、そんなことを聞かれるなんて思ってもいなかったから、思わず口詰まる。
「ええ、……な、なんでって、」
「昔からそうだから、じゃダメだからね」
そんなもの、理由なんてない。ただ、私が士郎くんと同い年で、アツヤは一つ下だから自動的にそんな呼び方になったのだ、おそらくは。
なんとか思いついたそれは即座に私の考えを読んだらしい士郎くんに否定されたからやりようがない。頭を捻るも士郎くんに納得してもらえそうな答えは到底出てきそうになかった。
「うーん、えっと……、!?」
と、もう片方の手首を誰かに掴まれた。私がそれに反応するより先に後方へと体全体が引き寄せられる。バランスを崩してよろけたところを軽く抱きとめられ、反射的に後ろを振り向こうとした。……
まあ、振り向くまでもなかったのだけれど。
「兄貴にはんなこと関係ねえだろ」
「アツヤ!?」
視界によぎったオレンジ色の髪。その荒々しい口調は間違いもしない。思わずその名を口に出していた。
士郎くんの弟であるアツヤだ。いつのまに部室に入ってきていたらしい。士郎くんとのことに気を取られていて気づかなかったのか。
「それとも、俺とこいつに関係あるわけ?」
……それにしても。一体これはどういう状況なのだろうか。
そう強い口調で続けるアツヤに、何も言わず少しだけ眉を寄せる士郎くん。
二人の間にいる私にすら伝わってくるほどの張り詰めた空気。というか、二人とも私の手首を離して欲しいんですが。
力む二人にかなり強い力で掴まれているせいか、両手首がそれぞれひりひり痛む。
「ちょ、ちょっと二人とも、どうしたの?」
「アツヤ、わかってるよね?」
恐る恐る言葉を発せば、被さるように士郎くんの声がした。ただ、彼の会話の相手は私ではなかった。彼は柔らかい笑みを浮かべているが、その言葉には確かな圧が感じられる。
「んだよ」
「明日は僕の誕生日なんだよ」
「きゃ、!?」
不満そうにアツヤが問い返せば、先ほどより強い力で腕を引かれる。気づけば士郎くんの腕の中にいた。前にぽかんと口を開けたアツヤの姿が見える。
「僕がもらうから」
「……へ、」
素っ頓狂な声が出た。ぱちぱちとゆっくり瞬きする。たいそう私も鈍感なもので、士郎くんがそう言うまで自分が置かれている状況をよくわかっていなかったのだ。
やっと彼の言葉の意味が理解できた時には、それはもう、沸騰してしまいそうなほどに顔の表面が熱くなっていただろう。
「ね、?」
上から覗き込むようにしてこちらを見下ろす士郎くん。目を逸らすことすらできず、彼の瞳をじっと見ていた。
ばくばくと心臓がうるさい。彼の言葉に惹き込まれるように、冷たい息をのんだ。
──ああ、そういうこと。
『キミが欲しい』
吹雪士郎への愛が溢れて書きなぐったSSです。吹雪お誕生日おめでとう!