女はイケメンに弱い、これ絶対ゆらゆらと揺れる三つの影を残し、私はゆっくりとその部屋から離れた。音がならないよう注意を払いながら廊下を進む。自分の口から吐いた水分が塵とつき、氷結する。天はまだ暗く、夜明けには程遠いその黒が空に浮かぶ月をより鮮明に輝かせていた。私は土方歳三の部屋を背に、ただただ黙々と自室へ足を運んだ。「ねむ……」そう言って背伸びをしながら思いっきり息を吸い込んだ。鼻の奥と喉がツンと冷たくなる。だがそれは私にただ寒いという感覚を与えるのではなく、脳に適度な刺激を与え、寝起きである私の頭を正常に働かせてくれようとしていた。私の処分が決まった昨日の夜遅く、私は土方たちの話を盗み聞いていた。長居は禁物だ、昨晩そう判断した私は間違いではなかった。自室に戻る途中、自分に近づいてくる気配があったため、私は急いで布団に潜った。その後すぐに沖田が私の様子を見に来たが、どうやら上手くごまかせたらしい。あのまま盗み聞きをしていたら、どうなっていたか…。まぁ、そんなへまはしないと思うけど。『どう思う』『どうってあの子のことですか?僕は可愛いと思いますけど』『そういう話をしいんじゃねぇよ。綱道さんを探しに京の都に来てその日のうちに隊士に襲われる。…偶然にしちゃあ少し出来すぎちゃいねぇか?』『…副長は彼女が新選組の秘密を探るためにあえて捕まったと?』『ああ、そうは考えた方が自然だろう』『…僕は怪しいと思いますよ。あの子、本気ではないにしろ僕の攻撃避けきったし』『副長、俺も彼女は怪しいと思います。総司の剣を避けるなど大抵の人間に出来ることではないでしょう。彼女にはもっと厳重な監視をするべきではないでしょうか?』『確かに斎藤の言う通りだが、もしあいつが間者だったなら泳がせた方が良いだろう。…何よりも今は、失敗した隊士たちを殺すほどの腕を持った第三者を見つけることが最優先だ』『第三者…。副長は彼女がその第三者と連絡をとり合う可能性があると?』『その通りだ』『案外あの子が殺ったかもしれませんよ?』『総司、冗談も大概にしろ。俺達ですら気の抜けない奴等を、女が一人で三体も殺せるわけねぇだろ。………まぁいい、とりあえず今は観察方の情報が入ってくるまでなんとも言えねぇからな。お前らはお前らであいつがおかしな行動をしたらすぐに知らせてくれ』昨晩土方たちが話していた会話だ。想定内であったにしろ私は相当疑われている。仕方ないことだ、と割り切るしかないのだが。行動に邪魔が入らないためにも、できたら疑いを晴らしたい。( 30 / 41 )[ *prev|next# ] ←back -しおりを挟む-