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昔、弟に桃をあげたことがあった。
今となっては唯一の肉親である生まれながらの天邪鬼みたいな弟。未だに餓鬼かよって精神年齢の弟が、なにやら水面下で動いているらしいという情報が入った。
まぁ、別に止めようとは思ってないが、私に火の粉が降りかかるのは嫌なので、釘を刺しに行こうと思う。

***

「あれ、晏樹様、こんなところで会うなんて珍しいですね」

秀麗は思わぬところで思わぬ人に出会った。
黄門侍郎凌晏樹。
秀麗が現在居るのは吏部の近く。こんなところに用があるとは思えないが。
そこまで考えたが、晏樹は声を掛けた秀麗に一瞥をくれただけで、去ってしまった。いつものふんわりとした雰囲気や甘い笑顔は鳴りを潜めた冷たい眼差し。
体調でも悪いのだろうか。晏樹の後ろ姿を眺めていた。

「あ、あれ?んん??」

ある事に気が付いた。
晏樹は正面からやってきたため気が付かなかったが、その髪の毛は肩甲骨を隠すほどしかなく、記憶にある晏樹の髪の長さより大分短かった。
もしや、髪を切るのに失敗して不機嫌だったとか?それとも実はカツラで、ふぅ今日は蒸れたぜカツラ外していようってところに秀麗と会ってしまったがために他人のふりしたとか!?
ーーいや、それはないな。
気にはなるが、他に気になることが山積みだ。どうせふらっと晏樹が現れるだろうから、その時に聞けばいい。

「さて、仕事するわよ!!」

気合を入れるために拳を宙に掲げた。
なんだか、虚しい。


***


「皇毅、聞いてくれよ。今日のボクは珍しく傷心中なんだ」
「貴様が傷心?冗談も休み休み言うんだな」
「酷いよなぁ。僕だって朝から黒猫が目の前を横切った日やその日一番最初に会ったのが皇毅だった日ーー例えば今日とかは落ち込んだりするよ?」

自分から押しかけて来ておいて、何を吐かしているんだこいつは。
だったら来るな、と口を開こうとした時、ちょうど扉がコンコンと音を立てた。
ああ、また厄介なのが来るな、と直感で思った。
入れ、と端的に返すと、入って来たのは案の定紅秀麗だった。

「失礼します。李吏部侍郎の件でお話が……あ、あれ?晏樹様?」
「お姫様、おはよう」
「おはようございます……?」

紅秀麗は晏樹を上から下までじっくりと眺めた後、首を傾げた。

「晏樹様って、もしかしてカツラですか?」

なんというトンデモ発言。どこをどうすればその発言に繋がるのかは分からないが、はぁと呆れたようにため息を吐くことで笑いの衝撃をなんとか受け流す。
言われた当の本人は一瞬目を見開き、その後得心がいったように頷いた。

「お姫様はもう一人の僕に会ったんだね」
「もう一人の晏樹様、ですか?」
「そう。皇毅も笑ってないで聞いて。それこそ僕の傷心の理由なんだから」
「笑ってなどいない」
「それでもいいけど。まず、お姫様が会ったのは僕の双子の兄。中書侍郎を任されてる」

中書侍郎だと?
たしか、中書侍郎と晏樹では、姓が違うはずだが……。
その疑問を晏樹は見抜いたのか、「引き取られた家が違うんだよ」と言った。

「離れ離れになっても、それなりに仲良くやっててね。唯一の肉親だし。今も七日に一度程は泊まりに行くくらいにはね」
「初耳だが」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「それで、貴様の双子の兄と傷心がどう繋がるんだ」

ああ、それね、と晏樹は笑った。
双子の兄だという中書侍郎とは似ても似つかぬ顔で。
晏樹はいつも気色悪いほど笑顔だが、中書侍郎は一切表情が動かぬことで有名だ。
それに、晏樹はヒョロいが、中書侍郎は衣服の上からでは分かりづらいが肉体派としても知られ、噂では黒白大将軍とも互角に渡り合える程だとか。

「おいたが過ぎるって、しばらく触るのを禁じられてしまったんだよ!」
「触る?どういうことですか?」
「兄さんの肌はハリがあってスベスベなんだ〜。いつも良い匂いがするし、桃をくれるし。会ったらまず兄さんの成分を補充するんだけど、一年も接触禁止だなんて、お姫様も酷すぎると思わない?」
「イエ……晏樹様は控えた方がいいと思います……」

中書侍郎は切れ者で有名だ。国試で仕官したが、自尊心の高い貴族出身の官吏や頭でっかちで威張り屋の国試派官吏も上手く使いこなし、丸め込む。
口が上手いだけだと言う者も居るが、当然仕事も出来る。何事にも正確無比で、絵に描いたような真面目。中書令があまり仕事ができない分、際立っている。
それが浮遊霊のごとくフラフラして、確かに口は上手いが真面目のまの字も無いような晏樹と血を分けているとは驚きだ。

「ああ、長居しすぎちゃったな……。じゃあね、お姫様、皇毅」

ひらひらと手を振って出て行った晏樹に、思わずため息が出るのも仕方のないことだろう。

***

「紅秀麗に会ったんだって?」
「……接触禁止と言ったはずだが」
「え、そういう接触禁止もダメなの?それくらい許してよ!僕たちたった二人の兄弟じゃないか」
「駄目だ」
「はぁ……本当に王様贔屓なんだから」
「?贔屓しているつもりはない」
「この間王様の仕事手伝ってあげてたの見たんだけど?」
「じゃあその一度きりだ」

さっさと帰れ、とでも言うようにしっしっと追い払われ、悔しいので桃を投げつけると避けられた上に豪速球の林檎が飛んできた。

(´・ω・`)しょぼーん




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