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 何もすることがなくて、せっかくいい天気だから、庭園でのんびりしようと思った。
 今日はまだアラガミの報告も来ていないから、ブラッドは皆、各々で自由に過ごしているのだろう。シエルからブラッドバレッドの研究の誘いを受けたが、きっと見ているだけしかできないだろうから断った。それに、たまの一日くらい、神機を握ることなく過ごしたいという気持ちもある。たまには、アラガミのことを忘れて趣味に没頭したい。
 庭園のドアが開くと、ふわりと花のいい香りが鼻腔を擽った。退廃した外ではそうそう見られない花畑がそこにある。滅多に実家に帰ることはできなくなったが、この移動要塞に所属してから「よかった」と思えたことの一つだった。

(あ、やっぱりいた)

 花畑の奥に立つ一本の木の下に、人影が一つ。方膝を立てて木の幹に寄りかかっている。予想通りの光景に口元が綻ぶ。屋内とはいえ、気配に聡い彼のことだ。ドアの開閉音で誰かが来たことはきっと気付いているのだろうが、依然として視線は手元の本に集中している。ガラス張りの天井から差し込む陽光が、木漏れ日となって彼の亜麻色の髪をまばらに輝かせていた。
 やっぱりジュリウスは、すごく絵になる。ロミオやギルも整った顔立ちをしているが、この庭園がよく似合うのは彼だと思う。初めて会った時に「よくここでぼうっとしている」と言っていた通り、庭園でジュリウスを見かけることは多かった。誰にも言っていないが、私が一番好きな景色がこの光景だったりする。
 気付かれていないのをいいことに、私はこの光景をカメラに捉えた。シャッターを切る音は存外大きくて、その音にようやくジュリウスは顔を上げて、私を見た。

「……副隊長か」
「ふふふ。撮っちゃいました」

 悪戯が成功したような気分になって、にっと私は笑って見せる。

「また撮られたな。事前に一言声を掛けてくれてもいいんじゃないか?」
「だって先に写真撮りますよって言ったら、どうしてもカメラ意識しちゃうじゃないですか。私はカメラを意識していない、自然な様子を撮りたいんですよ」

 そう言うと、心当たりがあるらしく、ジュリウスは困ったような顔になった。珍しい表情にすかさず顔の前で構えたままのカメラのシャッターを切る。

「隊長の困り顔、ゲットです」
「やめてくれ、恥ずかしい」

 いつもキリッとしている彼の、いろんな表情を見るのはとても楽しい。こう言うと、また困った顔をするのだろう。
 隣いいですか? と一応断りを入れて、彼の隣に腰掛けた。隣と言っても二人分ほどスペースを空けた隣だ。ブーツを脱ぎ払って、裸足になった足を人工池に浸す。ひんやりとした気持ちよさがした。さらさらと循環する水の流れは穏やかで、そう言う配慮がされているのか、このフロアではフライアの駆動音は抑えられ、どこか現実から切り離された雰囲気がある。だからこそここはアラガミと戦わなくてはいけない、過酷な現実を置いて寛げる、憩いの場なのだろう。
 意味もなく、水で遊ばせていた足元を写真に収める。続けて仰け反るように上を見上げ、ガラス張りの天井と、木の葉の合間から覗く光を。ファインダー越しでも眩しくて、目を細めながらシャッターを押した。

「……お前は、よく写真を撮るな」
「まあ、好きですからね。思い出の一枚、いいじゃないですか。隊長も撮ってみます?」
「いいのか? 大切なものだろう」
「ナナやロミオだったらちょっと不安になりますけど、隊長なら安心です」

 二人には内緒ですけどね。この場には私とジュリウスの二人しかいないのだが、こっそり小声でそう付け加えると、「そうか」とジュリウスはちょっと笑った。
 私は裸足になっていたから、彼の方が私のすぐ隣に移動してきてくれた。ブリーフィングではいつも机を挟んで向かい合って行うため、隣り合って座るのは初めてだ。いつもより近い距離に少しだけ心が騒ぐ。カメラを手渡し、ストラップを外して彼の首に掛ける。初めてカメラに触るらしく、恐る恐るといった風にそれを手に持ち、しげしげと眺めている様子は面白かった。

「意外と重いんだな」
「ちょっと古いタイプのなんですよ。小さくて軽いカメラもあるんですけど、そっちはフィルムじゃなくてデータだからちょっとややこしくて」

 昔は家にある機械で手軽に印刷ができたらしいが、今は個人で所有できる機械は少ない。せいぜいラジオやテレビが関の山で、ターミナルのようなデータをやりくりしたり、ネットワークに接続できる機械は一般庶民にはなかなか手が届かないものだった。この古いタイプのカメラでさえ、ゴッドイーターになって給料を貯めて買ったもので、きっとゴッドイーターにならなければ、生涯手にすることはなかっただろう。
 珍しそうに見ていたから説明がいるかと思っていたが、特に何も言わないでもジュリウスはシャッターを切っていた。あっと思う暇もなく、流れるような動作で、こちらを向いて。

「隊長、急に撮らないでくださいよ」
「自然体がいいのだろう?」
「そうですけど……自分の写真は別物なんです」

 カメラを持つジュリウス。珍しい組み合わせの彼を見つめていたから、ばっちり正面で写ってしまっただろう。他人の写真を撮るのは好きだが、自分が撮られるのはどうも苦手だった。

「お前は俺達の写真は撮るが、自分のは撮らないからな。お前だけ写真がないというのも、少し寂しいだろう」
「自分の写真を見てたって何も面白くないじゃないですか……」

 私はそれほど自分の顔が好きなわけではない。嫌いではないし、それなりに平均的な顔立ちであるとは思うが、眺めていたいと思うほど好きじゃない。普通の人はそうだろう。
 撮った写真は失敗したものでも全て現像するのが私のポリシーである。いくら自分の写真とはいえ、そのポリシーに反することはしたくない。どうしたものかと苦い顔をする私に対し、ふ、とジュリウスが笑う。

「じゃあ、俺が貰おう」
「えっ」
「お前がいらないのなら、俺が貰う。それなら問題ないだろう?」
「え、や、まあ、自分の写真なんていりませんけど」

 ジュリウスが私の写真を持つ。どうせ彼は何も考えていないのだろうが、意識せずにはいられない。不自然に顔が熱くて反対側を向けば、不思議そうにジュリウスが「副隊長?」と呼んだ。

「……私の写真なんか貰っても、どうもならないじゃないですか」
「家族の写真を貰うのに何か理由がいるのか?」
「……ああ、そうですね……」

 私ばっかが意識していることが恥ずかしくて、無意味に池に指を浸して掻き混ぜる。冷たい水が、いくらか冷静さを取り戻させてくれた。ジュリウスにとってブラッドは家族であり、意識するような関係ではないのだろう。わかっていることだ。
 一枚撮っただけでも満足したらしく、ジュリウスはストラップを外し、先ほど私が彼にしたように私の首に掛けた。首に戻ってきた重さに密かに安堵の息を吐く。こんな顔を撮られたら恥ずかしくて堪らない。

「もういいんですか? 私しか撮ってないじゃないですか」
「ああ、いいんだ。この庭園で、俺には何を撮るべきなのかわからないからな。初めからお前を撮るつもりだった」
「…………隊長ってほんと凄いなあって思います」

 裸足になるんじゃなかった。靴を履いていたら、このまま逃げるように部屋に戻れたのだが、生憎水に濡れた足ではブーツを履くことができない。タオルを持ってくるのを忘れたから、乾くまで暫くここでジュリウスと二人きりである。あんなやりとりをした以上、のんびりしようと思っていた当初の目的はそれどころではなくなっていた。
 彼はとても優秀な人だが、少しばかり同じ年頃の男性に比べるとズレているように思う。無自覚だから質が悪い。若干からかうつもりも入っているのだろうが、予想以上に私を惑わせているなんて思いもしないのだろう。盛大な溜め息を吐く私に、ジュリウスはまた不思議そうな顔をするのだった。





(20140326)
title by 曖昧me


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