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 お前はどうして兵士になるのか。そんな質問は聞き飽きた。なる前もなった後も、何度も何度も聞かされて、耳にタコができるんじゃないかと思う。というか、そんなに何度も聞いて飽きないのだろうか。どうせ私の答えは決まっているのに。

「……おい」
「なんですか、兵長どの」

 いつの間にか私の後ろにはリヴァイ兵長がいた。立体起動のワイヤーが軋む音は聞こえていたから、近くに来たのは気付いていたけど、こんな近くに着地していたのか。私なんかよりペトラさんとかの方に行くべきだろうと思う。物好きな人だ。
 リヴァイ兵長は私の後ろ、というよりも斜め下と言うべきか。その位置から私を見上げているのだろう。これは、決して兵長と私の身長差のせいではない。私と兵長の身長差はほとんどない(この前測ったときは1センチの差だった)(兵長の身長はオルオが教えてくれた)のだから。彼の名誉のためにここは兵長の方が私よりプラスだったと言っておこう。余談である。
 私が立っているのは兵長の頭より高い位置だ。建物の上ではない。建物だったものの上でもない。私が立っているのは、私が斬り殺した巨人の首の上だ。足元のそいつには首から下がない。下は倒壊した家々を挟んで少し離れたところでうつ伏せで倒れているが、既に端から蒸気をあげて消滅しつつあった。ついでに言えば、四肢もすべて斬り落としてあって、その辺の屋根らしき瓦礫の上に落ちている。既に原型は留めていなかった。
 巨人の首の上、禿げた頭に左手の剣を突き刺して、右手の剣では暇つぶしになかなか消滅しない巨人の肌に私の名前を刻んでいた。そんなときに、リヴァイ兵長は私の背後――正確には背後より斜め下――に降り立ったのだった。

「巨人相手に遊んでんじゃねえ」
「やですよ。こんなでかいやつ、そうそうお目にかかれないんですから」

 兵長どのはお怒りのご様子だ。こわい、こわい。と大仰に肩を竦めて見せたら、嫌悪感を隠さない声で一喝されてしまった。まったく、冗談の通じない人だ。
 歪に刻まれた名前に持ち直した左手の剣で真一文字に線を引く。まだ合流までは時間があるようだから、もう一度、もう一度、もう一度。三本を引き終えたところで、首はようやく斬り口から気化を始めた。これでおしまい。今日も私は生きている。なんてことだ、今日も私は生き永らえた。私の天命は少なくとも今日までではなかったらしい。

「今日も生き残りましたね」

 兵長からの返答はない。まあ、予想通りだったから気にしない。兵長の様子と、遠くから徐々ゆ近づいてくるオルオとペトラさんの口論から、今日もリヴァイ班は全員生き残れたのだろうとわかった。
 崩れ始めた首に無意味にも踵落としを食らわせてから飛び降りる。着地に失敗して少しぐらついたから、巨人のせいということにしてオマケにもう一度頭を蹴っ飛ばしてやった。大きさの割に軽いそれは、蒸気を挙げながら転がって行って、程なくして完全に消滅した。

「ナマエ」
「なんですか」

 兵長の静かな声が巨人の首を蹴飛ばした私の背中に刺さる。首だけで振り返れば、兵長の険しい三白眼が更に険しくなって私を睨んでいた。

「死に急ぐな」

 兵長は言う。さっきまでの刺々しい様子から打って変わって、実に静かな声だった。聞き飽きた台詞に私はいつも通り、それに対してにやりと歪に口角を吊り上げるのだ。

「いやですよ」
「……心臓を捧げただろう」
「さあ、どうでしょう」

 兵団心臓を捧げるのは、人類の勝利のためだ。人類が巨人に勝ち、生き残るために、兵士たちは心臓を捧げ、命を賭して巨人を駆逐しにかかるのだ。
 けれど、私は。
 私のこれは不敬罪に問われるだろうか。それもいいかもしれない。だが、一部から戦闘狂だとか言われているらしい私は、それなりに実力もある。兵長には及ばないが、同期の誰にも負けない自信があった。人類の勝利のため、絶賛人員不足の兵士め有力な人材を、むざむざ不敬罪で殺しはしないだろう。
 兵団に正式に入ったとき、私も同期や先輩らと同じように心臓を捧げた。けれど私は人類の勝利のためだなんて、そんな巨大なもののために心臓を捧げていない。ただ形だけ捧げただけだった。私の心臓は誰にもあげない、私はいつだって私のしたいことをしたいと思う。兵士になったのは、それが確実な道だと思ったからだ。人類とかそんなものはどうだっていい。私の心臓は、私のために使う。
 死に急ぎ野郎め、と、以前誰か言った。褒め言葉だと思うことにした。

「私は死ぬために戦ってるんですから、こんな心臓、捧げるだけ無駄でしょう」

 兵士になったのは、死ぬために。
 巨人と戦うのは、殺されるために。

 体裁よく死ぬために、私は戦っているのだから。

 死に急ぐのは当然だ、死にたいのだから。もう何度も聞いてるだろうに、リヴァイ兵長は険しい顔をやめない。莞爾として笑う私はさぞ不気味だろう、自覚はある。頭がおかしいと言う自覚もある。巨人に対する恐怖もないのに、なぜ。そんなこと聞かれても、そう思っているのだから仕方ないだろう。
 まあ、私に心臓を捧げるつもりがなくとも、この戦場で私の悲願を遂げたら、結果的には私の心臓は人類の勝利の糧に捧げられたことになるのだろう。結局のところ、私の不敬は無意味なものなのかもしれない。
 それでもだ、と兵長は外套を翻して私に背を向けた。

「俺が生きている内は、死ぬな」

 それから兵長は合流した班員のもとへ速足で駆けて行った。私はその背中の重なり合う翼を目を細めて見送って、視線を前に戻す。もう前にも周囲にも巨人の影も形も見えなかった。
 奴の首に刻んだ名前は同じく刻んだ四本の線で消えた。消された名前を刻んだ首も消滅した。
 けれど私は、今日もここにいる。

「……しねばいいのに」

 忌々しく吐いた声は、強い風に掻き消された。







(20130814)
鬱でしかない…


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