The Ultimate Selection
「誕生パーティー」の馬鹿騒ぎも終盤に差し掛かった所で、俺とスネークはスネークの私室に引き取って、二人きりでゆったりと、少しばかり取って置いた良い酒を飲み直していた。
最後までホールに残っていた連中も、もう寝室に引き払ったのか、それともぐでんぐでんに潰れてしまったか。先刻までは廊下に響いていたざわめきも、今ではすっかり鳴りを潜めている。
ちらりと腕時計に目を落とせば、針はいつの間にか真夜中近い時刻を指し示していた。明日は、俺もスネークも朝から通常の業務が控えている。愛しい人の元を辞するのは勿論惜しいが、そろそろ寝んだ方が賢明だろう。
…そう判断した俺は、グラスの底に少しばかり残っていた酒を一口に干してしまうと、ぱん、と膝を叩いて立ち上がった。
「よし。そろそろお開きにしないか、スネーク。明日に響いたら困るからな」
「あ…あぁ、そうだな」
スネークも特に異論は無いらしく、同じように自分のグラスの中を飲み切って小テーブルにことりと置く。
俺はトレーに二人分のグラスと空になったボトル、チーズの乗っていた皿など、テーブルの上を占領していた物を手早く片付け始めた。
「…カズ」
「何だ? スネーク」
その手元を見るとも無しに見ながら、スネークがふと俺に声を掛ける。
「帰るのか?」
「?」
一瞬スネークの質問の意図が分からず、俺は忙しく動かしていた手を止めた。
しかし普通に解釈すれば、単に「自室に戻るのか」という意味だろう。すぐそれに気付いて、作業を再開しながら答えた。
「ああ、今日はそうするつもりだが…あんたも、その方がよく眠れるだろう?」
実を言うと、今朝早くにスネークと事を営んだばかりだったので、今夜は特に人肌に飢えてはいない。それはスネークも同じだったらしく、酒席の最中もお互いそんな雰囲気にはならなかった。毎晩大の男二人がそう広くはないベッドに並んで眠るのも、愛しい人となら気分は悪くないが、身体は窮屈であまり休まらないだろう。
そう判断しての結論だったのだが。
「…そうか」
スネークは、それだけ言うとまた黙ってしまった。
「何だ? …もしかして、あんたから誘ってくれてるのか?」
普段ならばあり得ないことだが、どうも違和感のあるスネークの態度に思わずカマをかけてみたくなってしまう。
「いやぁ、そういう訳じゃない。…ただ、お前がどうするのか訊きたかっただけだ」
「はぁ…。そうか」
やはり、何時に無く煮え切らない口調がどこかおかしい。
訝しみながらも片付けを終え、トレーを食堂に持って行こうとしかけた、その時。
いきなり強い突風が吹き付け、プラント全体を揺らした。
「!」
金属の基礎がギイギイと嫌な音を立てるくらいの強さで、こういう時は屋内に居ても、今更ながらに俺達は海上に住んでいるんだと実感させられる。
プラントの上ではよくあることなのだ。居を移した当初こそ驚かされることが多かったものの、俺も含めここである程度滞在した連中にとっては、今や別段珍しくも何とも無いものとなっている。
「ふぅ。今のはなかなか大きかったな、スネー…」
何の気無しに言いながら振り返った俺の言葉は、妙に尻切れとんぼになった。
スネークは緊急時の為にベッドの枕元に忍ばせている、護身用のハンドガンに手を延べ、正に戦闘時そのものの血走った目をしていた。
「あの…スネーク…?」
「………」
何ともコメントし難い空気の沈黙が流れる。
「……済まない。あいつが来たのかと思ってな」
やがてスネークはボソリとそう言うと、漸く全身の緊張を解いた。心底安堵したという体で、力無くベッドに腰を下ろす。
「…?? 何だよ、あいつって」
「カズ…お前、忘れたのか? 今日は…いや、さっきまで、何の日だった?」
「……!」
訳が分からない、という具合に肩を竦めた後、苛立たしげなスネークの声で不意に答えに思い当たって、俺は思わずあ、と声を漏らしそうになった。
そう言えば今日はハロウィンだった。いい歳の野郎ばかりが占める所帯では、仮装やお菓子を配るなどの子供染みたイベントは無かったが、それでも今日のパーティーではカボチャをメインに使った料理が振る舞われ、酒宴の席では冗談めかして怪談を語る者がそこここに居た。
…そして、スネークはハロウィンにつきものの「あの怪物」が大の苦手なのだった。
いや、「苦手」などというレベルじゃない。どの位恐れているかは、その拒絶反応を目の当たりにした者にしか分からないだろう。
「スネーク…もしかして、一人で寝るのが怖い…とか」
「そんな事は無い」
俺の憶測(というかほぼ確信)を、スネークは即座に否定した。
「…例え化物相手でも、自分の身くらい自分で守る」
しかしやけに悲壮感の滲む声でそう言ったスネークは、やはり本気で「あの怪物」の来襲を心配しているらしかった。
俺は吹き出しそうになるのを辛うじて堪えながら言った。
「そんなに心配するな、スネーク。あいつが狙うのは夜中に一人で居る美女って相場は決まってるんだ」
「いや…分からんだろう、化物の考える事なんぞ」
「大丈夫さ。…それに、俺が付いてても安全とは言い難いぞ? 別の意味で」
「そ、それならお前に喰われた方がまだ断然ましだ!!」
冗談めかした俺の台詞に対し、咄嗟にスネークの口から出た言葉に虚を突かれる。大きく目を見開いたのが自分でも分かった。
スネークはすぐにしまったという表情になり、急いで顔を背けてしまう。
…直後、俺は自然に頬がにやにやと緩むのを自覚することは出来たのだが、それを完全に押し殺すのは残念ながら至難の技らしかった。表現上大いに引っ掛かる所があるにはあるが、こんなあからさまな殺し文句も無い。食いつかずにいろという方が無理な話だ。
「ふぅん…つまり、あんたは俺になら頂かれてもいいって、そう思ってくれてるんだな?」
「……!」
横合いからベッドによじ登り、四つん這いでスネークの間近ににじり寄って顔を覗き込む。
通常スネークのように精神面の強固な人間は、例え命のやり取りをする局面でも、まともに目を合わせた相手に狼狽えて視線を揺らがすということはまず有り得ない。しかし、今回ばかりはそうも行かないようだ。
赤らんだ顔と彷徨う視線から、動揺がありありと見て取れる。
語るに落ちる、というやつだ。こうなると最早取り繕う言葉を探せば探す程、スネークは深みに嵌って行くだろう。
珍しく余裕の無いスネークに笑い出したくなると同時に、思わず胸がきゅんと高鳴る。
…普段、イニシアチブの奪い合いで俺の方が優位に立てる場面など滅多に無い。せっかく掴んだ弱みを突いてもっと困るスネークを見てみたい気持ちもあるが、本格的に怒らせて殴られたり、まして部屋から叩き出されて美味しい目を見られなくなってしまっては本末転倒だ。
そう結論した俺は惜しく思いながらも早々にスネークをからかうのを止め、後ずさりかけていた身体を逃すまいと首に思い切り抱き付いた。
「!?」
スネークはベッドにどさりと勢いよく倒れ込み、俺がその身体の上に乗っかった格好になる。
「あ〜〜〜〜もう……本っ当に可愛いなぁあんたは」
「う、うるさい…!」
スネークの胸元に顔を埋めて、心底からの感嘆の声を漏らす。この向かう所敵無しと謳われる伝説の戦士に、こんなにもチャーミングな一面があるなんて一体誰が想像するだろうか。
俺はむくりと顔を上げると、スネークの上で腹這いになったままにっと笑った。
「本当のことだから仕方無いだろ。勿論、お望みならば俺はここに居るさ。で…」
言いながら、スネークの髭の生えた頬を指先でついっと辿る。
もう駄目だ。先程までとは打って変わって、スイッチは完全に入ってしまった。
「一晩傍でお姫様をお守りする騎士には、当然報賞が必要だよな?」
…尤も、護衛の代わりに一夜の共を要求するような騎士道精神など聞いたことも無いが。
少しばかり芝居めかした俺の台詞に、スネークは苦々しげに顔を顰めた。
「誰が姫だ、冗談がきつい。……ったく…。もう、知らん。好きにしろ」
そしてこれ以上反論するのにも疲れたとばかりに、顰めっ面のまま、ぐったりと脱力してベッドに沈み込んだ。
これはもう、抵抗の意思は無いのだろう、と勝手に解釈させてもらうことにする。
「…じゃあ、遠慮なく」
俺は意外な形で与えられた据え膳ににやりと笑って呟くと、スネークを存分に味わうその手始めに、目の前の太い首筋にそっと歯を立てた。
勿論、あの吸血鬼の伯爵よりは、何倍も優しくしたつもりだ。
ー fin ー
いやー、当日UPはやっぱ無理でした。畜生!! なハロウィン小ネタでした。
大人カッコいい(そしてちょいヤラシイ)会話を目指してた筈なのに、どうしてこうなった。