ザ・ネゴシエイター | ナノ

ザ・ネゴシエイター

「なぁ〜、スネーク…。頼むから出て来てくれよ。俺が悪かった」
「……」

視線の先の箱からは尚も何ら応答が無く、和平はほとほと困ったという様子で嘆息した。

傍から見れば異様な光景だった。
研究開発班が半ば酔狂としか思えぬ情熱を以って拵え、総司令のビッグボスが愛用している、ピンクの巨大なダンボール箱…通称『ラブダンボール』。
今ビッグボスことスネークが、内勤中の居室として使っている総司令室の壁の一隅に、その箱が一つでんと鎮座していた。
元々室内には、主の内装への無頓着さゆえか、書類の処理やちょっとした応接に必要な、最低限の調度品しか置かれていない。…如何に陣取っているのが片隅とはいえ、シンプル、と言えば聞こえはいいが要は殺風景なその部屋で、その巨大なパステルカラーのダンボール箱は、やけに浮いた存在感を放っていた。

和平は先程からその前にしゃがみ込み、まるで拝み倒すかのように謝罪と懇願の言葉を掛け続けていた。しかしその甲斐も空しく、中の人間はもうかなりの長時間、強固にだんまりを決め込んでいる。いい加減、ずっと屈めていた腰も限界を訴え出した。
和平は仕方なく立ち上がると、軋む腰骨に手を当てて伸ばしながら、もう何度目か知れない溜め息を吐いた。


…ちょうどその時、何者かが軽くドアをノックする音が室内に響いた。
和平は束の間応答をためらい、件の箱にちらと目を遣った。しかし、目の前のそれはうんともすんとも音を発しない。
…暗に「お前が出ろ」ということなのだろうか。
勝手にそう了解した和平は、仕方なくドアの向こうへ声を掛けた。

「空いてるぞ。入れ」

キィッと軽く軋む音を立ててドアが開くと、「失礼します」と返答が聞こえ、やや戸惑い気味な視線を室内に送りながら、一人の糧食班に所属しているスタッフが入って来る。
和平は一瞥して何者か了解した。ウォンバットというコードネームを名乗っている、恐らくだが自分と歳はそう変わらない男だ。
若手で、軍人の割にやや華奢ですばしっこい彼は、先輩達にしばしば使い役に任命されるらしく、和平の所へ書類を手渡しに来たり、言伝を預かって訪れることが多かった。そのため最近では少々心安くなり、用の合間に他愛も無い会話も幾らか交わすようになっている。

「ああ、ウォンバット。お前か」
「ミラー副司令、いらしたんですか。あの、ボスは……………何です、それ?」

小走りでこちらに歩み寄り、部屋の主の所在を問おうとしたウォンバットが、徐々に歩みの速度を緩めながら質問の内容を変えた。無論、入口からはデスクの陰になっていて見えなかった、和平の足元のダンボールを認めてのことだ。

「あぁ、これは………ボスだ」

隠し立てした所でどうにかなるものでもない。和平は溜め息を吐きつつ事実ありのままを告げた。

「…へぇー………」

一体どう言葉を返していいものやら判断に困ったのか、ウォンバットは突っ立ったまま、何とも間の抜けた声を漏らした。
どう考えてもジョークとしか思えないが、目の前の上司の顔つきは至って神妙だ。

「……な、何だってまたこんな所でダンボールの中にいらっしゃるんです?」
「あー……そりゃ…まあ、ちょっと俺が…な」

ウォンバットとしては他に尋ねることが見当たらない。部下から戸惑いがちに向けられた視線に、和平はちょっと答えにくそうに口篭もり、ちらと箱の方を見遣った。
その気まずそうな様子から、思わず率直過ぎる推測がウォンバットの口を突いて出る。

「…ま、まさか痴情の縺れ「違うッ!!!」

遮るなどという生易しい勢いではなく、電光石火の速さで否定の言葉を押し被せられる。
鬼気迫る表情で、何故かぜいぜいと肩で荒く息をしている上司に、ウォンバットは慌てて曖昧な笑みを浮かべながら、自分の言を打ち消した。

「は、はは…そんな訳無いですよね。し、失礼致しました」
「…分かればよろしい」

一つ大きく息を吐いて両肩を落としながら、和平は低く呟いた。
一瞬、和平の脳裏を「こいつ俺達の間柄のことを何か知ってるんじゃないか?」という疑念が掠めたが、まさか実際に探りを入れてみる訳にもいかない。


「あの…じゃあ一体、何が原因なんですか?」

半ば場の空気を切り替える目的で、ウォンバットは執り成すように重ねて尋ねた。

「…ドリトスだ」
「……は?」

全く脈絡の得られない単語がいきなり上司の口から飛び出し、強引に方向転換を試みていた思考は、あっという間に再び行き止まる。

「ドリトス…ですか」
「ああ」

おうむ返しの問いに頷くミラー副司令は、先程と変わらず至って真顔だ。

「今日の昼飯の時、ボスはちょうど任務から帰還する途中だった」
「はい。そうでしたね」

語り出した和平に、ウォンバットは頷いた。糧食班所属で、実戦経験の乏しい自分が任務に直接関わることはほぼ無いが、ボスの帰還予定時刻くらいは業務での必要上知らされることもある。

「お前も知っての通り、今日はたまたま製造中のドリトスが揚がった所だったもんで、食事ついでにそれが少しばかり振る舞われただろう」
「…ええ」

自分は提供する側だったのでよく知っている。何かと娯楽の不足しがちなこの状況下では、ほんの一山のスナック菓子でも皆嬉しいものらしい。上機嫌な様子で揚げたてを摘んでいた同僚らの様子を思い出しながら、ウォンバットは相槌を打った。

「俺は後で知ったんだが、ヘリからの定時連絡を受けた通信手が、何かの拍子にパイロットにそれを話していたらしい。そいつからでも聞いたんだろうな。つまり、ボスは帰ったら食事に加えてドリトスが食えると思っていた、と」
「なるほど」
「一方その頃俺は」
「はい」
「『パッケージングしない分は残しても湿気るだけだから、今居る奴らで食ってしまえ』と指示を出していた」
「………」
「……帰還したボスにデブリーフィングの後で、このことを何気なく話した。するとボスは目に見えてショックを受けた様子で、『…済まないが、少しの間一人にしてくれ』と言ってダンボールを被ってしまい、以後どんなに説得しても出て来なくなった。…で、今に至る、とこういう訳だ」
「……そんなに」

驚愕に見開かれた目で、ウォンバットは和平の前のダンボールに目をやった。相変わらず微動だにせず、何の音も聞こえては来ない。

「楽しみにしてらっしゃったんですか、ドリトスを」
「……らしいな」

和平は深い深い溜め息を一つ吐いて言葉を結んだ。

まさか天下の「ビッグボス」が、スナック菓子一つでここまでダメージを受けるとは意外中の意外だった。
地雷ってほんとに人それぞれなんだなぁ…などと愚にもつかないことを考えながら、ウォンバットは同時に、この部屋を訪れた本来の目的を思い出していた。
指示を受けて持ち場を離れてから、結構な時間が経ってしまっている。どちらにしろ何かしらの報告はしないと、そろそろ先輩達がおかんむりの筈だ。
そのウォンバットの様子を察してか、和平が彼の方に向き直って問うた。

「そういえば…お前、ボスに何か用があったんじゃないのか」
「ええ、そうなんですよ。開発班と作ってた改良版ボンカレーのプロトタイプが出来たので、ぜひボスとミラー副司令に試食をお願いして、ご意見を伺いたかったんです。でも…困ったなぁ。ボスが出て来られないんじゃ…」
「そうか。…仕方がない、なら俺だけ行こう。皆には、ボスは今忙しいからとでも伝える」
「すみません、じゃあお願いします」

そんな会話を交わしながら、二人が連れ立って部屋を出ようと踵を戸口の方へ返した、その時。


ガタッ


…出し抜けに背後から聞こえてきた音に、二人は同時に振り返った。





――… わずか十分後。
開発室では、デスクに座って瞳を輝かせながらボンカレーをかき込むスネークと、ウォンバットの手を取って涙ながらに「特例措置」― 軍で言うところの二階級特進 ―を検討したいと言い募る和平と、そんな殉職っぽいご褒美嫌ですと必死でかぶりを振るウォンバットの姿を、多くのスタッフ達が目撃した。


その後暫くの間ウォンバットは、騒動を聞き付けたゴシップ好きな連中から、「交渉人」という看板負けもいい所な二つ名で呼ばれる羽目になったらしい。


― fin ―


久しぶりの更新がただのギャグでしたありがとうございました。
原稿中に受信して溜まりっぱなしになってたネタを吐き出せてスッキリしました。
後悔も反省もしている!
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