鳳王様の騎士様

 王都郊外に特設会場が設置され、王国全土から続々集まってくる人々が思い思いに設置するテント村で街道脇の草原が埋め尽くされる。

 4年に1度のビッグイベント、王国騎士採用試験がこの年開催されるのだ。

 何故騎士の採用試験がビッグイベントかといえば、そもそも全土を巻き込んだ催しものが王国にはないのと、軍属兵士でなくとも力量次第で採用される可能性があるという間口の広さが理由だった。

 つまり、付近のテント村は国内各地から集まってくる騎士志願者とその家族、親戚、応援団の一団なわけだ。

 俺がこの世界にやって来てはじめてのこのイベントに、俺自身もワクワクしている。
 なにしろ、ここで選ばれる騎士は確実に王都親衛隊に所属する、昼間の鍛練参加者なのだ。
 早く組手したいと思う程度には自分の武道バカは自覚している。

 隠居した先王や先鳳王も観覧するというイベントだけに、転居していった叔父も俺の隣に席が用意されていた。

 なんにせよ、4年に1度の大舞台だ。大きな怪我をせず実力を存分に発揮して欲しいと思う。

 ワクワクを抑え切れずに少し早めに会場入りしておきながら、そんな風に他人事を思っていたら、脇に従っていたリャンチィがそっと腰を落として話しかけてきた。

「シン様。開会にあたって模擬戦闘を仰せつかりましたので、少しお側を離れますことをお許しください」

 気がついてなかったけど、少し離れて伝令らしい存在も控えているのは、迎えに来たのだろうか。

「怪我しない程度に頑張って。相手は誰?」

「ソウハ隊長です」

 それは親衛隊を率いるトップの名前。新人を選ぶ場の模擬戦闘としては妥当な顔触れだろう。

「負けるなよ?」

「お任せください」

 模擬戦闘であるから勝敗などつかなくても良いくらいではあるけれど。
 せっかくの舞台なのだから勝って欲しいのはそれも人情で。

 当然相手も隊長職にあるのだから侮れる敵ではない。
 それでも、リャンチィは不敵に笑って堂々と請け負ってくれた。

 ホントうちの旦那様は頼もしい。

 叔父と反対側の隣にいるラオシェンが忍び笑っているのは無視ということで。

 鳳王という存在は国王に並ぶ。
 それだけに、国王専属騎士と言い換えられる親衛隊隊長は、鳳王の専属騎士である護衛官と同格といえる。

 前回までの鳳王護衛官であるメイトウは高齢であったのと実力もそこそこあったものの血筋優先の名誉職であったのは周知の事実で、そのため模擬戦闘には登場していなかった。

 それが、今回からは実力まで親衛隊隊長をしのぐ勢いの若手に変わったのだから、話題性には充分だ。
 しかも、俺と結婚したばかりの新婚だという事実も国中の民が知っているのだから、注目度も否応なく上がるというもので。

 開会式での対戦者コールに会場内が沸いたのも無理はないのだろう。

 闘技場中央でリャンチィとソウハ隊長が何か会話しながら握手を交わすのを、俺はただじっと見つめることにした。
 信じていても手に汗は握るのだ。

 隣で挨拶のためにラオシェンが立ち上がると、その声を聞き漏らすまいと会場内が静まる。
 ラオシェンへと注目ついでに隣にいる俺にまで視線が集まるのがちょっと落ち着かないのだが。

「これから行われるのはあくまで模擬戦闘だ。勝敗に意味はない。そなたたちが試験に合格すれば上司になる二人の実力を良く目に焼き付け、これを目指し精進するがよい。親衛隊隊長ソウハ、および鳳王護衛官リャンチィ。後進の前に恥ずかしくない戦いを期待する。頼むぞ」

 言葉を受けて、中央の二人が王に向かって膝をつき礼をする。
 そして、立ちあがり向き合った。

 試験官である審判が二人の間に立ち、手を上げて。

「はじめっ」

 手を下ろすのではなく、真っ先に逃げ出した。
 そりゃそうだろう。そこにいたら巻き込まれる。

 ソウハ隊長とリャンチィが揃って苦笑を浮かべつつも、剣が互いに互いを弾く音が草原に高らかに鳴り響いた。

 どちらとも手合わせしたことがあるからわかるが、二人とも力業より頭脳戦を得意とする。
 対戦するにも駆け引き優先で相手を見定める時間の方が長いくらだ。

 なので、互いに剣を弾きあって間合いを取り、睨みあって時間が経過してしまう。

 模擬戦闘なのだからむしろ駆け引き抜きでやり合った方が見ている方には面白いのだけど。

 放っておくと徒に時間が経過するだけなので、緊迫感のため静まり返る場内に響くようにわざとらしく咳払いをしてみた。
 それにはっと気がついたように肩を揺らしたのは双方とも。
 滅多に手合わせの出来ない立場だけに、模擬戦闘であることも意識の端に追いやって二人とも楽しんでいたようだ。

 先に仕掛けたのはリャンチィ。
 咳払いの元が俺だったのが分かったのかな。叱られた感覚なのか、少し焦ったように性急な太刀捌きだ。
 とはいっても、そもそもが実力者。不安定とは程遠い。

 剣を合わせること1合。

 2合。

 3合。

 上段に弾かれたまま構えるソウハ隊長と、払って下段右斜めに構えたリャンチィが、同時に相手の懐に飛び込み、足元の乾いた砂を巻き上げて視界を遮る。

 砂ぼこりが落ち着いてきて見えたのは、ソウハ隊長の首横に剣の腹を突き付け動きを止めたリャンチィと、その心臓真上に切っ先を突き付けたソウハ隊長の姿だった。

「……ふむ。引き分けか?」

「胸元は甲冑に遮られるから、リャンチィの勝ちともいえるかな」

 隣のラオシェンの言葉に俺も反応を返して見る。

 避難していた審判が戻ってきて、大きく手を振った。

「そ、それまで! 両者引き分け!!」

 まぁ、その判断が妥当でしょうね。

 判定を待って両者それぞれゆっくりと剣を引き、互いに礼をする。

 そこでやっと、観客から歓声があがり始めた。
 舞台が騎士の採用試験場なだけあって大多数が武芸を嗜む者とその家族だ。
 それ故に、模擬戦闘のレベルの高さに圧倒されていたのだろう。

 歓声がざわめきに変わった頃、隣のラオシェンが立ち上がり、試験の開始を告げた。



 採用試験は、先着順で一定人数ごとにわけたグループ乱戦の上位者をトーナメントにして行われる。

 上位者とはいっても各グループ何名と決められてはいないのは、グループごとにメンバーの実力配分に差が出た場合に有能な人材を取りこぼすことをさけるためで、もちろんグループ内の勝敗も考慮されるが、それよりも戦闘中の内容を重視する。
 それぞれのグループに現役親衛隊隊士3名が試験官としてついているので試験官の独断ということもあまりない。

 トーナメントも同じで、組合せによっては強者同士が初戦で当たってしまうこともありえるので、採用試験の合否に勝敗は考慮せず、初戦敗退者は敗者復活制度もある。
 優勝者が試験に合格しなかったことは過去一度もないが、この試験で採用されるのは10名を越えており、準優勝者が採用されなかったことも過去にはあるそうだ。

 試験は5日間で予定されている長丁場。国王も鳳王も全日程で観覧が予定されている。
 その間、ラオシェンとは採用されそうな新人の戦略的配置について、叔父やリャンチィとは武芸の腕前について、観戦しながら大いに語り合った。
 実に満喫した5日間だった。

 今年の採用は15名。
 その他、実力が認められて本人の希望があれば、親衛隊ではなく国軍兵士として採用されることになっており、合計67名の採用が決まった。

 優勝者は親衛隊の中でも王族警備班に最初から組み込まれる。
 希望者にはご褒美だろうし、今年の優勝者はラオシェンを慕っていたようで大喜びだった。

 ちなみに、俺も参加する毎日の鍛練に初参加した日、鳳王に傷を付けるわけにはいかないと手加減したのか、得意なはずの剣術で俺にあっさり負けるという醜態を晒したのは、まぁ、余談だろう。



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