奥様方のランチタイム 1

 社内システムエンジニアである豊は、基本的にデスクワークなので、平日の昼間に街中を歩いていることがほぼない。

 例外が、たまに発生する外注の客先での打合せと、年1回の健康診断だ。

 普段の出勤時間よりも1時間も早く家を出て、ひたすら待たされあっちこっちに巡らされて、ようやく解放されたのが昼の1時過ぎ。

 業務的に余裕もあるため、そのまま午後も休みを開発部長に言い渡されていたため、健診センターを出た豊は、解放感たっぷりに街へと足を向けた。

 健診センターは赤坂に程近いオフィス街にあって、10分も歩けばショッピングモールに着く立地だ。
 休日に買い物のためにわざわざ出歩く趣味もないため、実に1年以上ぶりのウインドウショッピングで、内心楽しみにしていたのだ。

 残暑厳しい9月の炎天下、日陰を選んで歩き出した豊は、背後から肩を叩かれて驚いて振り返った。

「あ、やっぱりだ。中西さんだよね?」

 ふわっと笑ったのはスーツ姿で平凡顔の少し歳上の男性で、その何となく見覚えのある顔立ちをしばらくまじまじと見つめてしまった。

 少し見つめ過ぎたか、彼はふんわりした笑顔に若干の困惑を滲ませる。

「あれ? 覚えてないかな? まだ1年は経ってないと思うんだけど」

 周りがみんなイケメンだったしなぁ、印象に残んないかなぁ、とぼやく姿に色々連想ゲームして、ようやく相手に思い至った。

「こんなところで会うと思ってなかったので気付かなかったですよ。吉井さん、ですよね?」

 それは、昨年元カノに裏切られフラれた直後から付き合っている今の彼氏の、上司の恋人という遠いがそれなりの縁のある相手だった。

 彼氏の職場は家族ぐるみの付き合いを大事にしているので会う機会もありそうなものだったが、豊も吉井もそれぞれ忙しい職種のため時間が合わず、初対面きり会えていなかったのだ。

 改めてお久しぶりですと頭を下げれば、吉井からも同じように挨拶を返された。

「職場はこの近く?」

「いえ、今日は健康診断で来てたんですよ」

 あそこに、と背後を指差せば、IT企業向け健保独自の健診センターのビルが看板を掲げていて、促されて振り返った吉井も成る程と頷いた。

「今出てきたということは、お昼はまだかな? 良かったら一緒にどう? 近くに安くて旨い店があるんだ」

 オシャレな店だけどこんな土地柄で1000円切るから破格だよ、と笑う意外と童顔なその人に豊も「お供します」と頷いた。


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