地底世界改良計画 1

 天使の軍勢が地底世界に降りて来なくなってからほぼ100年の年月が経過した。

 それ以前はどんなに時間が空いたとしても10年ほどだったことを考えれば、ずいぶんと平和になったものである。

 ちなみに、地底世界の生き物は天上世界に興味がないので、反対にこちらから攻め入るという事態は発生しない。
 極論をいうならば、天上世界の天使たちは随分と好戦的だったということだろう。平和を愛するのではなかったのか。

 この平和がある理由の一つに、地底世界に最強の天使が生息している、という点も挙げられる。
 堕天したとはいえ現在も天使の数に数えられる最強の戦天使を相手取るには二の足を踏むようだ。

 その天使本人は、平和を満喫する地底世界の上空でふわふわと毎日気持ちよさそうに散策に出かけている呑気さだったりするのだが。



 今日も和磨は赤紫色の地底世界の空を漆黒の翼を広げてゆったりと舞っていた。
 目的地はあるのだがそんなに急いでいない様子は、弱いとはいえ一応は太陽の役目を果たす日の光を浴びながら日光浴を兼ねたお散歩の日課も兼ねているためだ。朝早い時間で寝起きのためまだ眠気が勝っているところもある。

 手には地上世界から集めてきた草花の種を持っていた。

 天上、地上、地底のそれぞれの世界はそれぞれに異なる生態系を持って独立した世界であるので、異世界の生物を入れて生態系を壊すことに最初は躊躇していた和磨だが、恋人でありこの世界の創造主である魔王のお墨付きを得たので、まずは植物のみを移植し始めたのだ。

 何しろ地底世界の大半が不毛の大地だ。
 地底世界固有の植物も数が少なく、地底世界の動物は植物を餌にしないので弱肉強食の枠組みの中にない。
 天敵がいなければ無限に増えそうなものだが、痩せた土地はやはり生育には向いていないようでなかなか増えないのだ。

 そこで、人工的に種をまき、人工的に水を注いで、不毛な土地を植物が育てる土壌に改良しようと乗り出した。
 まずは地上世界でも砂漠に近いサバンナから荒れた土地でも育つ植物を土ごと間引きして移植。
 ついで、水の少ない土地でも育ち土地に栄養を与えることのできるマメ科の植物の種を拾ってきて蒔く。
 そんなことを繰り返して、今では地底世界の荒野の8割を草原化することに成功していた。

 一度根付けば後は植物自体のサイクルに任せておけば勝手に土地は変わっていく。
 雨が少ないのも、生き物の暮らしをどうしても阻害してしまうため魔王が気を遣って最低限に抑えていたのが理由だったため、地上の温帯地域と同程度まで降雨量を上げるように交渉して随分と雨の日が増えた。

 植物が増えれば、土埃で余計乾燥しがちだった土地も潤いが増す。
 おかげで、動物たちも雨に対する不満より空気の潤いによる恩恵に感謝するくらいだ。

 そして、和磨は次に何をしようとしているのか、だが。

 食べられる実のなる草の種を集めてきていて、魔王の城に近い彼の畑に蒔こうというところだった。
 彼の畑、といっても、今はまだ畑として十分には機能しておらず、元々は土地の改良のために試行錯誤を重ねた実験場だ。
 この場所から地底世界緑化計画が広がっていったその起点である。

 緑化に成功したため役目を終えた実験場を、せっかく肥やしたのだからそのまま食料を育てる畑にしたわけである。
 まだ背の低いリンゴや桃、レモンの木が植えられていて、大豆やトマトが実った畑は腰の高さほどの柵で囲ってある。
 周囲には天使が漆黒の翼に変わる前に生み出された子供であるグリフォンやペガサス、ガーゴイルたちがそれぞれに群れを作っていて、警備兵さながらに畑を守っていた。

 畑の隅には作業用の道具をしまった小屋と休憩用のベンチが置かれていて、空を飛んできた和磨はそこに舞い降りた。
 邪魔になる翼は降りた途端に消してしまうと、下しっぱなしだった長い黒髪を持ってきた赤いリボンで1つにまとめ、長袖のシャツを肘まで捲り上げる。

 畑の世話は主にガーゴイルたちが遊び半分で請け負っている。
 土地改良以外にも地底世界に人間の文化を持ち込んで生活空間の改良に余念のない天使は意外と忙しく、畑の世話に毎日この場所を訪ねてくることができないためだ。
 大好きな母の役に立てるならと、遊び好きでいたずら好きのガーゴイルたちも喜んで引き受けてくれる。

 今回は実に10日ぶりの来訪だった。

 天使の舞い降りた場所にまず現れたのは1匹のグリフォンだ。その背にガーゴイルが3匹。
 異種族は捕食関係だろうに随分と仲が良い。

『母上様。おはようございます。今日は早いですね』

「うん、おはよう」

 恭しく首を垂れるグリフォンは生まれ落ちた瞬間から実に礼儀正しく、雄々しい見た目と裏腹に腰が低い。
 生みの親――といっても原案を起こしただけなのだが――に対する最大級の尊敬の念がその態度に現れているらしく、いくら言っても治らないので受け入れることにした状態だ。

 普段なら朝ごはんを食べてからゆっくり畑の世話に出てくる和磨だが、今日は本当に朝が早い。
 同衾していた魔王はまだベッドの中だ。

 昨日地上世界から野菜の種をたくさん仕入れてきたため早く植えたい気持ちがあったのと、今日は昼前くらいから別の予定が立っていてゆっくり畑仕事をする余裕がなかったので、早朝作業という結論が出たわけだった。

 大きめの袋にさらに種類ごとに小分けした種を入れた小袋が4つ。それに、葡萄の房が1つそのまま入っている。
 それをベンチに残し、和磨は畑を耕す道具を取るため小屋に入っていった。

『ははさま〜。これ、なぁに〜?』

 グリフォンからベンチに降りて袋の中を手は出さずに覗き込むガーゴイルたちに声をかけられて、和磨は道具小屋を漁りながら答えを返した。
 いたずら好きのガーゴイルたちが袋の中身に手を出さないのは、それをすると大好きな母に厳しく叱られてしまうのを経験から学んでいるからだ。
 言葉は幼いが成長する生き物ではある。

「今日は葡萄と、茄子と唐辛子と芋と麦を植えるんだよ」

 名前を言われてもそれが何かを魔物たちは知らない。
 それでも、母が知っているものなら悪いものではないという認識か、彼らは興味津々だ。

『たべるの〜?』

『おいしいの〜?』

『ぼくたちもたべれる〜?』

「さあ、どうかな。うまく実ったら食べてみようね」

『わ〜い』

 喜んでパタパタと飛び回るガーゴイルたちを、ようやく小屋から出てきた和磨は微笑ましげに見守った。

 そもそもガーゴイルといえば、屋根の上に飾る魔除けの石像で、小柄でまるで骸骨のような禍々しい悪魔の容姿がベースなのだが、どこをどう間違ったのか見た目はガーゴイルそのものなのになぜか愛らしいのだ。
 和磨が母なのはやはり最大の影響力なのかもしれない。

 葡萄は蔓を這わせる柵をそばに作る必要があるので必然的に畑の隅の方に植えることになる。
 それぞれ養分の取り合いをしないように場所を離して、畑の中に5か所種を植える場所を掘り返していった。
 重たい農作業道具はガーゴイルたちには扱えず、懐いてついてくる彼らには種まきや水やりのお手伝いをさせることにした。

 5種類の種を蒔いて汗を拭う頃には、疑似太陽も頂点近くまで昇っていた。
 そろそろ次の予定の時間だろう。

「ガーちゃんたち、畑のお世話お願いね」

『は〜い』

『母様。お疲れでしょう。城まで送ります』

 畑仕事の最中は柵の外で見守っていたペガサスのうちの1頭が近寄ってくる。
 和磨本人も空を飛べるのでわざわざ送る必要もなくひとっ飛びなのだが、畑仕事は体力を消耗するので作業を終えた頃には疲れ果てていて、送ってくれるのはありがたいのだ。
 そのため、畑仕事の後はペガサスが送ってくれるのが恒例となっていた。
 むしろペガサスの群れの中でも母を送り届ける順番を争っているほどだったりする。

 もともと和磨が乗れるようにと魔王に生み出される際に小柄に作られたペガサスたちは乗りあがるのに無理のない背の高さだ。
 和磨自身も生まれ育った世界でも同世代の中では痩せた方だったおかげで、ペガサスたちからしてみれば軽くて心配になるほどで、空を駆けるのも実に軽快だ。

 あっという間に城の中庭に降りて、和磨は送ってくれたペガサスにお礼を言って次の予定のために走り出す。
 当初の予定よりも遅くなってしまったようだ。

 普段から中庭を気に入ってまるでそこの主であるかのように居座っているグリフォンが、母と異種兄弟の姿を見送ってから大欠伸をかまして寝転んだ。


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