見えない出血痕@
「っんん……」

 目が覚めた場所は、寝起きでも分かるくらいに違和感があった。いつもなら寝る前に近くに置いといたはずの、私のスマホが見つからなかったからだ。
 ベッドカバーの色も違……いや、待って、さっきから背中がくすぐったいんだけど。何かが何度も、吸い付くような感覚が……

「!!」

 布団を捲り、自分の背後を覗き見た。ああ、やっぱり……何も身に着けていない身体に、服を着た昴さんが口づけていた。

「あ、おはようございます」
「ちょ、ちょっと、今日大学!」
「まだ6時なので、今から支度すればいつも通り通学できますよ」
「朝食!」
「今から用意します」
「って……服!」

 布団を被ってベッド周りの床を見下ろす。下着も服も、どこにも見当たらない。きっと先に支度を済ませた昴さんがいつも通り洗濯機に入れたに違いない。恨めしそうに昴さんに振り返ると、昴さんは嬉々とした顔でワイシャツを渡してきた。

「とりあえずこれで……では、朝食の準備をしてきます」
「……うん」

「じゃあ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
「……?」

 ランチバックも持った、体操着もスニーカーも持った。ゆっくりご飯も食べられたし、大学に向かう時間には余裕で間に合う。玄関のドアを開け、振り返る時に昴さんに手を軽く振り、工藤邸の門を通り過ぎた。
 ……唯一気にかかったのは、妙に嬉しそうに玄関で見送る昴さんだった。



「最近あっついよねえ」
「そりゃあまだ夏だから」
「なのに体育館で体育とかおかしくない!?」
「そりゃあ外でバレーは出来ないよ……」

 昼休み後の体育の授業に備え、友人と更衣室で着替えていた。
 男女混ざっての体育だけど、特に厳しいわけじゃない。学校側で指定された物もないし、皆色や袖口の形はバラバラ。チーム分けするときはビブスを付けるからいいんだけど。

「莉乃、ポジションどこから始……莉乃!」
「え?」
「シャツ、ジャージの中に入れなさい!」
「え……え!?」

 髪を結び、ヘアゴムから抜け落ちそうな部分をピンで留め、これでよしとロッカーを閉めた時だった。私の真後ろで着替えていた友人が、私のシャツの裾を急に掴んでジャージの中に押し込んできた。
 なお、その友人はまだ上半身は下着姿だ。シャツの裾がどこかから出てないか私の周りを一周すると、胸を撫で下ろし、自分のロッカーに戻った。

「……お、お隣さんとは仲良くしてるの?」
「まあ、それなりには」
「ふーん……」
「あ、今度プール行くって話なんだけど」
「ごめん、それ再来週に予定変えてもいい?」
「?うん……」

 授業中もその後も、その友人はおかしな行動を取っていた。
 他のチームが試合をしている間に休憩を取っていた時のこと。やっぱり体育館での授業は暑いからと、裾を出して風をシャツの中に送ろうとしたら、友人が背後に立って私が動くのに合わせて自分の場所も変えていた。
 更衣室に戻る時も、体育館から移動している時に強い風が吹くと後ろから抱き着いてきたり……暑いのになんであんなに引っ付いてきたのかな。

「ってことがあってね、様子がずっと変だったんだ」
「へー……」

 大学の授業を全て消化した後は、夜までパン屋でアルバイト。ちなみに今日はエンちゃんと同じシフトだ。
 バイトが終わり、更衣室で制服を脱ぎながらエンちゃんに今日のことを何気なく話す。横にいたエンちゃんは何故か、可哀想な物を見るような目で私をじっと見た。

「何のその目は」
「いえ、べ、別に……あの、莉乃さんの友人は、莉乃さんのシャツが何かの拍子で捲れるのを防ぎたかったんですよ」
「どうして」
「……ちょっと失礼します」

 着替え終わったエンちゃんまでも私の背後に回る。何を思ったのか、ブラウスを脱いだ私の後ろでスマホを構えた。

――カシャ

「!?」
「あ、見せたらすぐに消すので安心して下さい……」

 シャッター音に驚いて肩を跳ねさせる私の隣に戻り、エンちゃんは私にスマホの画面を見せた。映ってるのはもちろん、私のせな、か……

「……〜〜〜!?」

 ああ、分かった。友人が予定を延期させた理由……これが消えるまで、1週間はかかると思って気を遣ったんだ。

「……ああ、莉乃さん」

 荷物を全部持って店の前に出ると、昴さんが乗ってきた車の傍で待っていた。

「昴さん」
「バイトお疲れさ……――ん゛!!」

 昴さんに近づき、目の前で立ち止まる。片足を思いっきり踏みつけると、昴さんは堪らず呻いた。
渋い顔をする昴さんを余所に、車のドアを開けて後部座席に荷物を置くと、助手席のシートベルトを締める。その内昴さんも、運転席に戻ってエンジンをかけた。
 ……本当は今怒りたいけど、ここで怒ると近所に痴話げんかと思われるから、話は工藤邸に戻ってからだ。



「莉乃さん、どうされたんですか」

 昴さんが車を駐車スペースに止めている間に荷物を玄関まで運び終える。靴を脱ごうとすると昴さんが玄関に戻ってきて、私の腕を掴んだ。
 そんな心配してるんだって顔しちゃって、白々しい以外何も言葉が浮かばない。

「……言わないと分かんないんですか。じゃあ言うけど背中のアレ、何のつもりなの?」
「付けたくなったからしたんですが……何か問題が?」
「友人に、見られた!バイトのコにも!」
「どちらも女性ですよね」
「まだ仲悪くない人達だからいいけど、私をよく知りもしない人に見られたらどうなると思う?私が尻軽だと思われるかもしれないんですよ!?」

 エンちゃんが撮った私の背中には、大量の内出血の痕。そんなケガをした記憶はないとしたら、それは昴さんの仕業だ。
 昴さんは今朝から私の背中にキスをしまくってた、それにあの見送る時の嬉しそうな顔。痕が付けられたとしたら、あの時以外思い浮かばない。

「それは困りますね……ですが、他の人に見えないところなら構わない、ということですよね?」
「え……」

 腕を掴んだまま、昴さんは荷物を置いたまま廊下を進み出した。
 待ってと私が何度言っても、止まってくれない。そのまま奥へと進み、私の寝室を通り過ぎ、昴さんは隣のドアを開けた。
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