缶を並べた週末、未知へと誘惑する
「昴さん、あ、あの」
「ん?」
「……週末、またお酒付き合ってもらっていい?」

 成人してから1週間程経ったある日、私は両掌を顔の前で合わせ、昴さんに恐る恐る頼みごとをした。
 前回は個人的都合で昴さんが飲んでるバーボン(ロック)を自棄になって一気飲みをして、あまりにも酷い失敗をしてしまった。それもあるけど、今後学校の友達も成人して行ったら、外で酒を飲む機会も増えることになるかもしれない。またやらかさないように、まずは宅飲みで自分の限界を確認したいという気持ちもあった。

「今度は、考えなしに飲まないからっ」
「それは……僕も構いませんよ。この間のリキュールも、少しなら余ってますからね」
「ほんと?あの、あと、クラフトビールってやつ飲んでみたくて、それ買っていい?」
「ほー?」

 昴さんと肩を近づけ、スマホに入れている広告アプリの画面を見せる。スーパーやドラッグストアに置いているアルコール飲料のページには、今日から3日間安く売られる商品が数種類紹介されていた。缶なら多分飲み切れるし、保存も比較的簡単だから自宅にストックも出来る。昴さんはこういうのよりウィスキーの方が好きそうだからどうかな……と様子を窺っていると、予想していた反応より良さそうだ。

「クラフトビールは種類が豊富と聞いています。折角ですから、どのような物が売られているか調べに行きましょうか」

 昴さんとソファから立ち上がり、各自、買い物の準備を始めた。
 ……というわけで、週末に備えて昴さんとお酒を買いに行くことになった。

「ねえ、CMで麦とホップとか言ってるのってどっちに入るの?」
「あれは原料に含まれていますし、どちらにも使うのでは……ああでも、国内で流通している殆どはラガーだったかと」
「そっか、そもそも出回ってるの少ないんだ」

 他に買いたい食材もあるということで、2人でアプリに載っていた最寄りのスーパーに向かった。
 買いたかった食材を先に買い物カゴに入れ終え、お目当てのコーナーに向かう。カートを引く昴さんが足を止め、冷温で置かれている缶ビールを1本取ると、そのラベルを私に見せてきた。
 車の中でざっと調べてみたけど、ビールは発酵に使う酵母のラガーとエールで分類されるらしい。同じ酵母でも造った場所の環境やビールの色とか、細かい基準で更に分類されて、実在する種類は100では済まないとか……そもそも、飲んでみないとどれが好みかどうか、正直判断が難しいような。

「僕もそこまで詳しいわけではありませんからね……」
「ま、迷う……」
「そうですね……まずは、ラガーとエールで飲み比べをしてみましょうか。莉乃さんも気になる物が見つかったらカゴに入れて下さい」

 昴さんも同じ考えに至ったのか、2種類のビールを1本ずつカゴに入れていった。
 気になる物って言ったって、ラベルの細かい文字をいちいち見るのも面倒だから、シンプルなやつとか、デザインくらいしか判断材料が……

「口直しのおつまみも……ん?」
「あ、メロンソーダだって。これもうジュースじゃん」
「……莉乃さん」
「これも可愛い、猫とか分かってんじゃんデザイナーさん」
「興味を持たれることは構いませんが、買う量は程々にしましょうか」

 ジャケ買い感覚で目についた缶を取っては、次々カゴに入れまくる私の手を昴さんが止める。溜息を吐くと、私がカゴに入れた缶を数本、元にあった場所に戻してしまった。

「あとこれは、明らかにビールじゃあないでしょう……」
「ア、アイス入れたら美味しそうだなって思ったらつい」
「……そうですが、これは今度飲みましょうね」



 週末の夜。大学の講義を終え、バイトから帰ってくると、昴さんが買った缶を冷やして私の帰りを待ってくれていた。世間話をしながら夕食を取り、そのまま眠ってしまってもいいようにお風呂をいつもより早い時間に貰い、寝間着姿でリビングに入る。既に冷蔵庫に入っていた缶が2,3本、空きグラスが2つ、おつまみがテーブルに並び、いつでも飲める準備が出来ていた。今回はあの実験のような雰囲気ではないことに少し安心し、昴さんの隣に腰を下ろした。

「そういえば、明日バイトはありましたか?」
「大丈夫。午前中に入ってたけど、午後の人とシフト交換してもらったから」
「そうでしたか……まあ、無理して飲ませたりはしないので、お酒は映画のついでという気持ちで飲んでみて下さい」
「映画、何借りたの?」
「ホラーやパニック系ではないとだけ伝えておきますね」
「……なら、ゆっくり飲めそう」

 適当な缶を手に取って開けると、昴さんがグラスを1つ、缶の傍に寄せてくる。注いでくれないかと解釈し、開けた缶の飲み口をグラスの端に付け、缶の底を少しづつ上げていった。そういえばこんなの、実家で両親がやってたなあ。

「おっと」
「あ、ごめん零れたっ」
「大丈夫です、泡だけですから」

 なるべくたくさん注ぎたかったのに、注いでいく内に昴さんのグラスは泡でいっぱいになってしまっていた。
 昴さんは大して驚かず、グラスに口を近づけ、今にも溢れ出そうなビールの泡をずず、と口をつけて啜っていく。ウィスキーじゃあなくてビールを飲んでいる昴さん……なんだか変な物を見ている気分だ。鼻の下にビールの泡が少し乗っているとなおさらだ。
 テーブルに缶を置いて、両手で昴さんの頬に触れると、親指で残った泡を拭い取った。

「……泡、残ってたよ」
「おや、お恥ずかしい」
「もう、これじゃあ子供みたい……」
「ほら、莉乃さんも」
「あ、ありがと」

 置いた缶は昴さんの手に移り、残ったビールはグラスの半分の量だけ注がれた。

「程々に、お願いしますよ?」
「はーい……」

 グラスに注ぐ量は昴さんに殆ど任せ、私は昴さんが選んだ映画を見ながら、未だに慣れないお酒を時々口にしていった。

「莉乃さん、まだ意識はありますか?」
「んー……ある」

 時々水を飲んだり、おつまみを食べたりとお酒を飲まない時間を挟んだのに、何種類か飲み比べていく内に、頭がふわふわとし始めていた。

「……いい具合に、酔いが回っているようですね」

 映画の展開は盛り上がり始め、ここからが見どころだというところで、昴さんの腕が背後から伸び、肩を抱いて引き寄せる。とても酔っているとは思えない、いつもと同じ顔で微笑む昴さんをぼおっと見つめていると、ふと唇に指が当たり、少し開いている隙間に入り込んできた。

「……!……!?」
「ふふ、中、熱くなってますよ……」

 さすがに、意味が分からなかった。昴さんは口の中に押し込んだ指で、口の中を何度も触ってきた。歯列の裏、上顎、頬辺りの粘膜、自分では意識して触るようなところでもないのに、昴さんの指が当たる度に、体をぞくぞくとした小さな痺れに近い感覚が訪れる。
 思わず昴さんの手首を掴み、すぐにでも指を口から引き抜こうとした。

「ふ、ふばうさっ……な、なにしてっ」
「……今、キスをしたら、とても気持ちよくなれると思いませんか?」
「っ!」

 昴さんが指を口から抜くと、肩を抱いている手の力を強め、顔を近づけていく。今度は指じゃあなく、唇同士が触れるだけのキスを始めた。

「……っ……ん、むっ」

 口を噤む私の唇に何度も重ね、リップ音を立てて軽く下唇に吸い付いたり、顔の角度を変えて重ね直してくる。
 昴さんとこうしてキスをするのは何度目か、もう数えられないくらいはした気がする。キスと一緒に感じる昴さんの腕の力に身を委ね、時々目を薄ら開けて、他の人になんか見せたくない、普段と違う彼の顔を間近で見つめた。
 ……お酒を飲んだからか、少し熱くなった昴さんの体温がいつもより心地いい。そのまま考えることを止め、昴さんに任せてしまおうとした時だった。
 唇の境目を、唇ではない何かがなぞったのだ。はっとなって両手を昴さんの胸に当て、めいっぱい彼を押し退けた。

「い、今っなにしようとっ」
「……口、さっきみたいに開けてみて下さい。さっき触ったところに、また触れたいんですよ」
「……っ!」
「強引にすることも出来ますが、君の気持ちを優先したいので……気が変わったら、頷くなり、口を開けるなりして教えて下さいね?」

 唇に親指を添え、離れていくも唇以外へのキスが止まない。額へ、鼻先へ、瞼へ、頬へ……手首を手に取り口づけてもなお、鋭い目線は私の顔から反らさない。まるで私が口を開くのを虎視眈々と狙っているみたいだった。

 口を開けたら昴さんとどうなるのか、昴さんとどこまで行ってしまうのか、少しは理解している。昴さんならキスをする時みたいに、最後まで優しくしてくれるかもしれない。
 でもこんな、お酒の勢いで初めて男性とまぐわうのもどうなの。後にならないと分からないことだから、今考えても仕方ないことだけど……酔いが醒めた時、私はしたことに後悔していない?
 ああでも、こうして求めてくる時点でクるものがある昴さんが、この先どんな顔をするのか見てみたい気持ちもある。ただでさえ分からないことが多過ぎる、昴さんの見たことのない一面を見られるかもしれない。

 あれ、そもそも……今日の下着、どんなやつだったっけ。可愛くないやつだったらどうしよう。お風呂に入り直して、その時に確認した方がいいのかな。

「すみません」

 悶々としていると、昴さんは何故か謝り、唇から親指を離した。予想外の謝罪に、私はただぽかんとしていた。

「……?」
「……君が外出している間に、1本吸っていたことを思い出してね」
「え?あ、ああ……」
「代わりにというのもおかしいのですが、君の手をここに、乗せてもらってもよいでしょうか」
「それくらいなら、いいけど……」

 軽く自分の膝を叩く昴さんに1つ頷き、私はそっと昴さんの膝に手を乗せる。その手を昴さんは、自分の手で覆い被せた。

「……なんか、気を遣わせてこちらこそすみません」
「いいんですよ、その代わり……──我慢した分、後で遠慮なくさせて頂きます」
「ひゃっ!?」

 一回り大きな掌が私の手の上に乗せられると、私の指の付け根に自分の指の腹を這わせ、すりすりと何度も撫で回してきた。
 私が過剰な反応をすると、昴さんのくくっと喉で笑う声。アルコールが回っている頭で確信した。これは昴さん、絶対私に優しくする気なんかない。

「さて、少し前に戻して続きを観ましょうか」

 もう映画の続きなんて、昴さんのせいで全然頭に入ってこなかった。

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メロンソーダ⇒ほろ〇いサワー(ビールですらない)
猫⇒水曜日の〇〇(エールビール。ビールっぽくないデザインが個人的に可愛い)
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