ツイログ(4)
〇降谷さんは疲れている

「……37度4分」
 朝よりは下がったけど、平温にはまだほど遠い。ここ1週間の過密スケジュールを無事にこなせたのはいいものの、気を抜いた瞬間に襲いかかってきた疲労感に一晩でやられてしまい、このありさま。
 晩ご飯を軽くでもいいから食べたくても、作り置きはなくなっちゃったし、かと言って1から作る気力もない。お金払ってでもいいから、こんな時に誰かご飯作りにでも来てくれな……
「おい、家にいるならメールくらい見ておけよ」
 残念、たった今私の寝室のドアを開けたこの男は、お金払ったとしてもそういう期待は持ち合わせられないのよ。せめて合鍵は近くの友人、出来れば料理上手な友人に持たせておくべきだった。
 ぴしりとしたスーツを脱ぎ、その辺に投げ捨てる零君の機嫌はどう見てもよろしくない。時計を見ればすぐに分かる、いつものことになってるけど、今日もいっぱい残業したみたいだ。
「ごめん、薬飲んでたから寝ちゃってて、スマホ鳴ったの気づかなかったの」
「薬?」
「ちょっと風邪引いちゃったみたいで……熱は少し下がったんだけど」
「……か、ぜ?」
「うつったら大変でしょ、だから悪いけど、泊まるならソファ……」
「うつせ」
「は」
「俺の方が心身もろとも疲れてるはずだ、今すぐウイルスをこっちに残さず寄越せ」
 こっちは本当に気を遣ってるのに。零君は私の話なんて全然聞いてくれなくて、勝手に掛け布団を捲ってベッドの中に入り込んでくる。それだけならまだしも、私の体を引き寄せてがっしりとホールドしてきた。
 ああもう、零君の方が難しいお仕事だし残業多いし、疲れるのはずっと分かってる……けど、だからって自己申告までする?
「もー、れーくんっ……あっちで寝なさいっ!」
「うつせた気がしたらな」
「セルフジャッジって、くっつきたいだけじゃない!もう早くあっち行ってよお!」



〇降谷さんは二度寝を始めました(↑の続き)
 翌朝、病人の身なのに抱き枕にされた状態からどうにか脱出して台所に行くと、いつも使っている鍋がテーブルの上に置かれていた。それに1人分のボウルと口当たりが良さそうな木製のスプーン。
 椅子を引いて腰かけ、鍋の蓋を開けると程なくして溢れ出る湯気。それと同時にふわりと鼻腔をくすぐるチーズの匂い。鍋の中身は……チーズリゾット、昨日の夜から飢えに飢えていた私の胃袋が欲して堪らなかったもの。
 もちろん昨日の夜の内に準備する余裕は私にはない、あったらその日の内に食べてる。まだ目に付くものはある。向かいの椅子に引っ掛けられたシンプルなデザインのエプロンは、普段私が使ってるエプロンじゃあない。更にテーブルに置いたままの腕時計、私が付けようとしてもきっと手から抜け落ちるサイズだ。
「……」
 スプーンの先を鍋に沈ませ、用意された少し小さめのボウルにリゾットを掬っていく。ご飯に混ざってるのはリゾットに合ってかつ、私の好きな具材を小さく刻んだもの。多忙でも忘れないでいてくれたという事実を思い知り、誰も見ていないのに綻んでしまった顔を両手で覆い隠したくなった。

 私より休むべきな零君が朝早く起きてくれたんだ、冷めないうちに、起こさないように静かに味わってあげる。
「いただきます」



〇迎えに来て(降谷)

 苛つきから指でハンドルを軽く叩き、前の車に合わせてのろのろ進む零君の車。おい、と零君に声をかけられて目をやった。
「連絡よこすタイミングがずれていたら、車出せなかったんだからな。感謝しろよ」
「はーい」
 ねえ、気づいてる?到着時間は教えたけど、『迎えに来て』ってまだメール送ってないよ?



〇全部嘘なんだ(安室)

 透さんの人柄の良さに惹かれて、交際を申込んでから早一年。先の事を考え、親に紹介したいと相談した矢先、透さんは私が贈った腕時計をテーブルに置き、椅子を引いて立ち上がった。
「ごめん、全部嘘なんだよ」
 翌日、合鍵で入った透さんの部屋には、彼がいた事を匂わせるものは何一つ存在しなかった。



〇嫌よ嫌よも好きのうち(安室)

 あつっ、と小さな悲鳴を安室さんは、手にしているモップを放り出し、私がいるキッチンに戻ってきた。無意識に押さえた手を冷やそうと私が考えるよりも前に、有無を言わせず肩を抱いて体を引き寄せると、もう片方の手は火傷した私の手を掴み、シンクに溜まった水に押し込んできた。
「い、っ……」
「え?」
「いやっ!離れて下さいっ!」

「はは、まさかあんなに嫌がられるとは……」
「だめですよ安室さん……開店前だからよかったですけど、もし営業中だったら、またポアロが炎上しちゃうところでしたよ」
「それでも、君の教育を任されている身なんだし、放っておくわけにもいかないだろう?」
「だからって、その、構い過……」
 私の話を聞く素振りを見せず、安室さんは少し湿気を帯びた私の前髪に手を伸ばし、指を絡めてくる。ゆっくりと掻き分けられ、晒された額に褐色の肌がこつんとぶつかった。
「エアコンが効いているのに、熱いね……具合が悪いのかな」
「〜〜また近づき過ぎです!今度近づき過ぎたら笛鳴らしますよ!」
 だって安室さんがあんなにくっついてくると、緊張して汗が溢れ出るんだから。



〇オレンジペコで占って(降谷)

「もう行くの?」
「ああ」
「……ちゃんと寝れた?」
「いい抱き枕があったからな」
 ベッドから起き上がり、もう、と唇を尖らせ露骨に不満そうな顔をしてみせる。背中を向けて支度を進める零くんがジャケットを羽織る前、既に袖に通された防弾ベストが薄暗くても目に入った。……そういえば、昨日寝る前にサミットの話をしていたような気がする。
「零くん、気をつけてね」
「……あ」
「なに?」
「紅茶、いつものやつ買い出しておいたからな」
「……分かった、ありがと」
 いってらっしゃいと零くんに手を振ると、彼は小さく微笑んで私に背を向けた。

 日がだいぶ昇ってお昼になった頃。家事を一通り終わらせて、これからどうしようかと考えた時、点けたままにしたテレビからサミットという言葉が聞こえる。私の意識はあっという間に『零くんの仕事先』に向かれた。
 出勤前に零くんが話していた紅茶葉を出し、お湯が湧くまでの時間にじっとテレビを睨むように見つめる。今日はまだ要人がそこにはいない……だとしたら、公安の人達は、設備の安全確認に来ているんだろう。
「……」
 ぎゅう、と、シャツをきつく掴んでしまう。毎度の事ながら、零くんのお仕事に安心感はついてこない。今日だっていつものように見送ったけど、いつもより危険はないのだろうけど、それでも、彼がかならず帰ってくる保証は、ない。
 ……久々に、あれをやってみようかな。

 ティーカップを持ちソファに腰掛け、持ち手に指をかける。くいっとカップを傾け、ゆっくりと紅茶を飲み進めていった。

 零くんが危ない任務に就く時は、いつもこれをやっている。前にやった時はいい形が出たし、零くんもちゃんと帰ってきた。今日もいい結果になれば、少しはこの気も紛らわせるはずだ。
 底に徐々に溜まっていく紅茶葉。水分がなくなって段々と形をとどまらせていくところを見て、目を伏せる。
 いい形になるようにとひたすら願い、そのまま紅茶を飲み切る。カップから唇を離したところで、恐る恐る瞼を開いた。

「……もう」
 いつもだったら、これで紛らわせるはず、だった。
 どうして占いの世界でも、彼にこんなに厳しいの。自己満足と分かっていてもどうしようもない気持ちになって、仕方がなくて、刃物のように鋭い形になったそれをいじり、小さな星の形に直した。


*ナイフ…トラブル
 星…幸福な未来



〇空からの落とし物

「♪」
 本日、日当り良好。風も強くなく、雨が降る予報もない。久々の快晴……今日洗濯しないで、いつしろって言うの。
 鼻歌をしながら洗い立てのタオルをぱん、と払い、ピンチハンガーに留めているとひらりひらりと風に乗って揺らぐ布切れが目に留まる。珍しい色で、なんだろうと思ってベランダから腕を出す。すると途端に強い風が正面から襲ってきて、髪が煽られていく。風が収まったところで閉じてしまった目を開けると、その布切れが拳の中にしっかりと握っていた。
 まだ新しい。とりあえずゴミではなさそうだったから、両手で横に広げてみる。上の階の住人の落とし物かもしれ……ああ、これは、あれだな。
「親方、空からギャルのパンティが!」
「誰がギャルだ」
 ばき、と玄関から何かが壊れる音と同時に開かれるドア。そしてずかずかと勝手に上がり込む足音。もう顔を見なくても知っている、私の2階上の部屋に住んでいる降谷さんだ。
 あんまり待たせるとうるさいから、偶然手に入れた品をしっかりと持って、窓ガラスを開けた。……ドアロックを壊された可能性が大いにある、お金は降谷さんに出してもらおう。

「これ、オーガニック素材……降谷さん意外とお肌は繊細なんですね」
「まじまじと見るな、触るな」
「じゃあ、嗅」
「嗅ぐのもダメだ」
「もーっじゃあ何ならやっていいんですか!?」
「何も許されてないことには、敢えて気づいていないな?」
 ぐぐぐ、と降谷さんのパンツが持ち主によって引っ張られ、力負けする私の手から完全に離れてしまった。さよなら、でも多分来週も落ちてきそうだから再会できると思ってるよ。
「いやだって、毎週のように落ちてくるから寧ろ、拾ってほしいのかと」
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