「……おや」
「あ、どうもー」
綾瀬さんと横浜に行ってから数日後、工藤邸を訪れたのは最近会った若い女性だった。ボウヤの話だと、確か居候先の同級生の……
「確か、園子さん……でしたね?」
「覚えてもらってて嬉しいです!あの……莉乃さんいませんか?」
指を組ませ喜んだのも一瞬で、園子さんは何を考えてか俺の背後を覗き込む。そこには誰も隠れていないが……なるほど、いつもいる蘭さんがいないのは、綾瀬さんに用事があるからか。
“ちょっと博士におかずお裾分けしてくる”
ああ、確かついさっきそんなことを言って、タッパーを持って出て行ったな。
「綾瀬さんでしたら、さっき阿笠博士の家に行きましたよ?」
「そうですか、ありがとうございます!……あ!あと」
「?」
踵を返し、玄関から出ていくのかと思いきや、園子さんは再度俺の方に体を再度向ける。肩にかけていた通学鞄を漁り、紙袋を取り出すとそれを俺の胸にぶつけるように勢いよく差し出した。
「これ、泥棒扱いしたお詫びってことで」
「女子高生に物を集るほど困っていませんが……ありがとうございます」
……泥棒扱いの謝罪に、随分いい菓子折りを持ってくるな。
*
「あ、園子ちゃん」
「昴さんに聞いたらこっちにいるって……何やってるの?」
「博士が試しにやってくれってゲーム……を、やってる哀ちゃんを見てる」
「じゃあ、暇ってことね」
おかずのお裾分けをしに博士の家に行くと、哀ちゃんがテレビの前で座っていた。手にはコントローラらしい機械が握られている。もうかれこれ2時間近くこの状態らしく、園子ちゃんが来るとほぼ同時にゲーム機の電源を切った。
「……ちょっと休憩するわ」
「私、こないだからずーっと気になってたことがあるのよ」
「うん?」
気晴らしにと哀ちゃんが屋上に向かい、部屋には園子ちゃんと私だけが残された。哀ちゃんがいなくなった途端、園子ちゃんは口火を切った。
「昴さんと新一君の家に住んでて、何とも思わないわけ?」
「例えば?」
「そうねえ……“彼女いないのかなー”とか、“私のことどう思ってるのかな”とか……」
両手の指を組み、園子ちゃんは目を輝かせて何かしら連ねて言ってくる。そんな少女漫画みたいなことを沖矢さんに思ったことは生憎ないけど、一応考えてみることにした。……沖矢さんと暮らしてて思うこと、ねえ。
「“どこか連れてってくれないかしら”とか」
「こっそり私を撮るのやめてほしい……とか、また勝手に人の下着干すのやめてほしい……とか」
「そうそう、下着はちょっと……って、そんな仲なの!?」
「いや1回やられて怒ったつもりなんだけど、ちゃんと分かってるかなって」
そんな仲って、園子ちゃんは何か誤解してる。沖矢さんと仲いいわけじゃないんだけど。一瞬遅れて私の発言にツッコみを入れた園子ちゃんは、次第に呆れ顔になっていった。
「アンタ、イケメンに容赦ないわねー……」
「だからイケメンって……」
「思い出してみなよ!爽やかだし高身長であの顔で、おまけに東都大の高学歴よ?ついでに新一君ばりに推理力あるし!」
「まあ、沖矢さん確かに……顔の比率は左右対称だし、眉毛はきりっとしてて鼻筋も整ってる。サイズが大きい手足や広い背中、筋張った指は男性らしい例として挙げられるけど……あ、ご飯も教えたら2度目には大体うまく出来るし、手際も物覚えもいいと思うよ」
「……」
つらつらと沖矢さんの外見の印象とか、一緒に生活をしていて見えてきたこととか、なんとなく考えていることを零していく。言い終えて園子ちゃんの顔を見ると、意外そうな顔をしていた。
「ねえ、そこまで昴さんを褒めてるのに、なんでイケメンって言わないの?」
「イケメンって言葉自体言いたくない」
「なんで?」
「……ちょっとこれ見て」
1つ溜息を吐いてから、エプロンのポケットに入れていたスマホを取り出す。画面を一気にフリックし、画像ファイルからお目当てのデータを探すこと数十秒。1年くらい遡ったところで、ようやく見つけた写真を園子ちゃんに見せた。
多分これを見せれば、少しくらい納得してもらえるはず。
「あら、4人ともなかなかいい面構えとガタイ……イケメ」
「私の兄はイケメンじゃない」
「全員!?」
左から、長男、次男、三男、四男。高校生の時に同級生に兄の写真を見せろと言われ、即席で撮ってもらったデータがまだスマホに入っていた。
園子ちゃんの見え方は分からないけど、とにかく兄のことは好きじゃない。こないだ1番上の兄に久々に会ったけど、相変わらずとっかえひっかえだったし。
「みんな妹への扱いが雑。超雑。唯一無二の妹なら少しでも愛でるべきじゃない!?」
「知らないわよ!!
……分かったわ。昴さんをイケメンと認めると、アンタが嫌いなお兄様達をイケメンと認めたも同じってわけね。それじゃあ、お兄様達より上ならイケメンって言えるのね?」
「まあ、解釈にも寄るけど」
「なかなかハードル高いわねえ」
「そうでもないよ?兄がしてくれなかった分、愛でればいいだけだもん」
「……それも判断が難しそうねえ」
「まあ、沖矢さんの外見がいいことは確かだけど」
でも、そんなこと沖矢さんに絶対言うつもりないけどね。
*
「……限界だ」
耐えきれず、イヤホンを外して頭を抱えた。聞くつもりはなかったが、設置していた盗聴器から聞こえてしまった。
愛でればいい、ねえ。それならもう、ほぼ解決してるじゃないか。……いや、綾瀬さんがそもそも、それに気付かないといけないのか。なら、やはりハードルは高いということか。
《……待って、なんで昴さんの足のサイズなんか知ってるのよ》
《スケート靴借りる時に言うじゃん》
《え、仲良くないのにスケートしに行ったってこと!?》
《私が行きたいところ行けばいいって言ったら、勝手にそうなったの》
《まさかさっきの背中って……抱きついたの!?》
《あれは急に沖矢さんが滑るのやめたからっ》
《リードされたのね!?》
《勝手にしてきただけ!!》
外出した話を、その口が緩そうな娘にするのを止めてくれやしないか……
イヤホンをテーブルに置いたが、2人の声はまだ聞こえる。綾瀬さんが帰ってくるまで、盗聴器のスイッチをオフにした。
*
「それにしても昴さん、よく半日色んなとこに連れてってくれたわね。映画で、スケートで、イタリアンでしょ?」
「……あ、そういえば沖矢さんに思うところ、まだあったな」
「何、また下着とかの話!?」
「そうじゃなくて……それ全部私が行きたいところで、沖矢さんが本当に行きたかったのか分からず仕舞いで終わっちゃって。結局、沖矢さんが私をどうしたかったのかも、分からいままだなって」
「……莉乃さん、それ絶対昴さんに直接聞いちゃダメよ」
「聞かないよ、意味不明だもん」
「いや、そうじゃなくて……もうイイわ」
++++++++++
多分恋愛観の話するなら、園子とするのが面白そうだなということでガールズトーク回作成。
莉乃さんが昴さんをイケメンと思ってないんじゃなくて、単にその言葉で相手の良いところを一括りにしたくないだけ。
イケメンと呼べる個人の定義の問題ですね。
その内、イケメンって何?になってしまったという(笑)
当人がいない時は割と素直に(恥じらいなし)褒めてくれるので、昴さんからしてみれば嬉しいような恥ずかしいような話でしたww
莉乃さんが兄を妙に嫌っていますが、その辺もその内番外で浮上するかもしれません。