首に捧げるトンボ玉
「……」
「どうされました?」
「え」
「ずっと僕を見て……何か言いたそうに見えましたが」
「そ、そういうわけじゃあ」

 何も予定がない日のことだった。2人でリビングで自由にくつろいでいると、莉乃が推理小説を手にしている昴をちらちらと横見を繰り返していた。
 最初に昴が莉乃と目が合った時は偶然と考えたが、頻度の多さについに昴は小説を閉じ、莉乃とのスペースを埋めるようにソファに座り直す。思わず目を通していたレシピ本で昴と自分の顔の間に壁を作るが、すぐに昴に寄り取り払われた。

「言いたいことがあるから、何度も見たんでしょう?」
「……あの、昨日、大学の帰りに園子ちゃんと会ってね」
「園子さん?」
「昴さんっていつも同じような服着てるけど、服に拘りないのかな?って言ってて」
「……それで、莉乃さんはどう感じたんです?」
「……あくまで私の意見だけど……一昨日、そのハイネック着てた?と思ったり……しました」
「同じシャツを2枚持っている、と考えたことはありませんか?」
「いやそれでも、同じの着てるのと私にはあんまり変わらないから。そうだなあ……その日によって、ちょっと変化があるといいんだけど……」
「少し、とは」

 莉乃はレシピ本をテーブルに置くと、目次を指先でなぞっていく。あるタイトルに止まると、ページを捲り始めた。弁当箱に詰められる料理のコーナーだった。

「大学に持ってくお弁当、いつも白米は入れてるの。でも一緒に入れるおかずは大体一週間くらいでローテーションしてて。同じ材料の料理でも、種類はいくらでもあるからね」
「つまり、僕の服は白米ということですか……」
「ちょっと足すだけでも印象変わるってことじゃないかなあ……でもピアスとか指輪とか、昴さん付けないし、やれるなら首辺りしか……ちょっと、待っててね」

 莉乃はレシピ本をテーブルに置くと、ソファから立ち上がり一度リビングから離れていった。

「……?」



「とりあえず、持ってるネックレスとかあるだけ持ってきたよ」

 莉乃は胸に抱ける程度の大きさのケースを手にして戻ってきた。
 箱を持つ手からはいくつもの革紐が垂れ下がっている。あれも莉乃の所持品だろう。テーブルに手にしていた物を全て置くと、ケースの引き出しも全て引き抜いていった。

「何故そんなに持って……」
「貰いものもあるからね、あと、買ったけど付けなかったやつとか」
「何故、買ったんです?」
「……可愛かったからついってやつも、無きにしも非ず」
「……」
「とりあえず適当に付けてみてよ」

 渋々だが、莉乃が持っている物の中から昴に会いそうな物を探すことになった。

「まあ、無難にチェーンのとか……」

 引き出しの1つからシルバーチェーンのネックレスを取り出し、テーブルに並べていく。微妙にチェーンの形状やペンダントのモチーフが違っているネックレスが右から左へと置かれていく。その内の1つを莉乃は手に取った、比較的シンプルなモチーフのものだ。

「ちょっと付けてみて」
「分かりました」

 女性を意識していない、男女どちらでも身に付けられそうなネックレスを昴は受け取ると、留め具が予め外してあるそれを首に掛けた。

「……」
「……」

 項に腕を回すが、いつまでの昴の手の位置は戻らない。続く沈黙の原因に莉乃はうっすらと気付いてしまった。
 もしかして今、とても珍しい現場を目の当たりにしているのではないか。もう見られないかもしれない、という考えが、莉乃のスマホのカメラを起動させた。

「ふざけてません、撮るのはどうかと」
「だって手こずってる昴さんを収めたくて」
「撮らないで下さい、助けて下さいよ」
「……しょうがないなあ」

 残念そうに立ち上がり、莉乃はスマホの画面を切ってテーブルに置く。昴の背後に回り込み、昴の指が摘まんでいるチェーンの両端を受け取った。

「絞殺されないようにね」
「そんな短い凶器では無理ですよ」

 冗談を交わしつつ、莉乃はネックレスの留め具をチェーンに通す。正面に戻ると、スマホの画面をミラーに切り替えて昴に向けた。

「どうでしょう?」
「うーん、私の意見より昴さんが良し悪しを決めないと」
「莉乃さんが持っていた物と思えば、悪くないと思いますが」
「どうして私のセンスに一任させるの……あ、でもチェーンは保留だね。昴さん付け辛そうにしてたし」

 昴の首からネックレスを外すと、莉乃は顎に指を添え、持ち出したアクセサリを再び眺めた。
 さっき並べたネックレスは全部留め具の大きさは一緒だから、一旦選択肢から除外する。後はもう消去法になってしまった。

「……あ、これ付けてみる?」
「革紐ですか」
「合皮だけどね。こっちなら付けるのに手間取らないし、長すぎたら後ろ結んで調整できるから」

 申し訳ない気持ちが少しあった莉乃だったが、昴に1つ勧めることにした。修学旅行で買ってしまったが殆ど付けることのなかった、トンボ玉をペンダントにした物だ。
 青と緑が鮮やかに混ざり合ったガラス玉の中には、サイダーのような細やかな水泡が閉じ込められていて、莉乃は衝動的に購入してしまったらしい。

「きれいだなーと思って買っちゃったんだけど」
「……」
「どう思う?」
「確かにこれは、手に取りたくなる気持ちも理解できます」

 昴が首に改めて掛けたそれは、思いの外馴染んでいた。黒いハイネックに浮かぶ青緑が照明に当たる度に揺れるように光り映える。
 何より、昴の目の色とよく似ている。それに気づいた時、莉乃は目を逸らさずにはいられなかった。

「あ、あげますそれ」
「てっきり貸していただけるのかと」
「持ってても付けないから」

 だって付けたら、昴さんのものって自己主張するみたいで気が気じゃない。まさか莉乃がそんなことを考えてるとは露知らずの昴は、満足そうにトンボ玉を指で軽く触れて楽しんだ。

「では遠慮なく……ああ、さっき付けていただいたものをお借りして構いませんか?」
「え?いいけど……付けるの面倒でしょ?」
「いいんです」
「……?」



「昴さん、支度まだ?」
「ああ、すみません」

 それから数日が経過し、2人で外出する日のこと。
 パンプスまで履いて支度を済ませた莉乃は、玄関の鍵を開けてうろうろしながら昴を待つ。耳には可愛らしい装飾が施されたイヤリング、昴から貰った物だ。小さなゴールドの輪を耳たぶの下で揺らしながら、ようやく廊下に出てきた昴に駆け寄った。

「すみません、これだけが残っててね……付けてくれませんか?」
「……」

 手には、昴が付けるのに手こずっていたチェーンのネックレス。何故あの時、昴が2つのネックレスを求めたのか莉乃は察した。こんな浅はかなことが目的だったのか。

「……しゃがんで」
「ふふ」

 莉乃がネックレスを受け取り、昴は背を向けてフローリングに膝をつく。チェーンを留め具から外すと昴の首に手を回し、ハイネック越しにチェーンを通した。

「莉乃さん、タッパー返しに来たわよ」
「うん、出来たよ」
「ありがとうございます」
「……」
「あ、哀ちゃん」

 灰原の存在に1テンポ置いてから気付き、莉乃は昴の首からぱっと手を離す。昴は正面を灰原に向け、そのまま靴を履こうとする。首元に小さく光るチェーンが走っていることに気付いた灰原は、一言。

「大きな犬……」
「!?」
「莉乃さん、散歩には気を付けなさい」

 綺麗になって帰ってきたタッパーを莉乃に渡すと、それ以上は何も言わずに灰原は工藤邸を出て行った。

「い、犬……」
「デートなんですけどねえ、ご主人」
「黙って昴さん」
「ふふ」
++++++++++
デ〇フェスでアクセサリーを売っていたお姉さまからインスピレーションを頂いたネタ。
「昴さんのハイネックにネックレスを合わせる」だけの話です。
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