03 不本意ながらも納得
「遅い、2人共」

 コナンと昴が台所に入ると、ドアに近い椅子に座った莉乃が不機嫌さを露わにした顔を覗かせた。テーブルに用意された食器は3人分、それに先程の莉乃の台詞。コナンの脳裏に嫌な予感が過ぎった。

「え、ボクも食べるの!?」
「ご飯作る前に、蘭ちゃんには一緒に食べるって連絡入れてあるから……だって、沖矢さんと何話したらいいの!?」
「そんなお見合いじゃないんだから……」

 コナンを手招きし莉乃に近づいてもらうと、莉乃は昴に聞こえないように小声で不満を伝える。2人だけでいることにかなり抵抗があるのか、コナンを2人の間に置いて、場の空気をどうにかして誤魔化そうとするつもりらしい。
 本当は昴を莉乃に任せたらすぐに帰るつもりだったコナンだが、蘭が食事を作る前に連絡されたのでは、事務所に戻っても自分の食事を残してくれている可能性は低いだろう。諦めてこの張り詰めているような空気を緩和することにし、コナンは渋々莉乃の隣の椅子を引いた。

「……余程、僕が来るのを楽しみにされていたんですね。君の期待に添えられなくて申し訳ないです」
「え……」

 莉乃の向かいの椅子に手を掛けた昴の口から洩れた声には、哀れみが含まれていた。何を思って今、昴がその発言をしたのか莉乃には理解できなかった。

 コナンから連絡をもらってから用意した手料理は、短時間で作られているが、どれも盛り付けまで手を抜かれているように見えない。台所のカウンターテーブルに置かれた3つケーキは、玄関前で昴が拾ったレシートに刷られていたものと同じもの。レシートに印刷された時刻も、コナンと昴が工藤邸を訪れる2時間程前。タイミングからみても、昴が住むと聞いた莉乃が急遽決めたことだろう。
なにより、玄関の扉を開いた瞬間の待っていましたと言わんばかりの表情。莉乃が沖矢昴と会うことを楽しみにしていないはずがなかった。
 それでも、現れたのは同じ沖矢昴でも“男性”の沖矢昴。莉乃が期待していたのは“女性”だ。コナンと昴が空き部屋にいる間に莉乃が涙を堪えられなかった痕跡が彼女の目元に残っていた。昴はそれら全てを踏まえて、莉乃に謝罪をした。

「っもう、いいです。コナン君に確認しなかった私が悪いですし」
「いや、コナン君も悪気はなかったにせよ悪いでしょう」
「え!?」
「それに、沖矢さんにがっかりしたんじゃないです。火事で自分の物が全部なくなっちゃったなんて、可哀想だなって思って、勝手に落ち込んでるだけです」

 僅かに鼻声が残ったまま、莉乃は昴に落胆の理由を否定する。どうにも昴に全て見透かされているように感じてしまい、素直に期待していたことを認めたくなかったのだ。

「……そういうことにしますよ。それでは、僕がここに住むことを許してくれるんですね。ありがとうございます」
「早く次の住まい見つけて、ここから出て下さいよね」
「ねえ、2人共」
「実は今朝からほとんど口にしていないんですよ」
「そりゃあ、朝からああなったらね」
「ココ一応、新一兄ちゃんの家……」

 勝手に俺の家を私物化してんじゃねえよ。2人がコナンの素性を知っていれば、おそらくそう言わずにはいられなかった。

「それにしても、本当に美味しいですね」
「良かったです。好みが分からなかったので、イタリアンだったらハズれることはないかなと思ったんですが」

「莉乃さんっ、ちょっとサラダ届かない……」

 コナンは目いっぱいテーブルの中央にあるサラダボウルに手を伸ばすが、手はいつまでも空を切り続けている。リーチが足りないことに莉乃は気付き、代わりによそろうとコナンの皿に手を伸ばすが、コナンのテーブルに用意したはずのフォークがないことにも気が付いた。

「ちょ、コナン君その前にフォーク落ちてる!ちょっとゆすいで来るから待ってて、その後よそるから!」

 莉乃が席を立ち、床に落ちたフォークを拾うとシンクに向かう。コナンは莉乃が少し離れた隙に、彼女に聞こえない程度の声量で昴に顔を寄せて話しかけた。

「ね、莉乃さん優しいでしょ?」
「コナン君にね」
「いや、その前に好みの話してたでしょ……?」

「お待たせ、サラダよそっちゃうから」
「ありがと。あ、莉乃さんの作るごはん好きだって、蘭姉ちゃんも言ってたよね!」
「あの時蘭ちゃんは“好き”じゃなくって“参考になる”って言ってたよ。私が作ってるときに頑張ってメモ取ってたし」

 莉乃は苦笑いを浮かべながら、サラダをよそった皿をコナンの前に置く。その時昴はなにか考えるように、左手の指で数秒だけ口を覆う。

「……綾瀬さんはどこかの料理屋で働いていたんですか?」
「いえ、そういうのは全然」
「でも莉乃さん、パン屋でバイトしてるよねっ!その前はお弁当屋さん」
「ちょっとコナン君」

ザクッ

「ゴメン、フォーク返すの忘れてたよ」
「あ、ウン、アリガトウ……」

 余計な情報漏えいするんじゃねえと言わんばかりに、フォークがコナンの目の前にあるサラダに突き刺さった。莉乃の顔は終始笑顔だったが、彼女の手から離れたフォークは未だにレタスに刺さったまま、倒れない。露骨な脅迫行為にコナンは唖然としたままだった。

「ほー……綾瀬さんはパン屋にいるんですね。今度、暇があったら買いに」
「来ないで下さい」
「分かりました、どこのお店か無理には聞きません」

 昴はと言えば、食事中は莉乃がどんなに否定的な発言をしても終始笑顔であった。



「お風呂、先にいただきました」
「え?……あ、はい」

 シンクの水を止め、莉乃は顔を上げて昴の姿を捉えた。食事直後と大して何も変わっていないように見えた為、一瞬本当に風呂に入ったのか分からなかった。
ちょうど食器も全て洗い終わったところだ。莉乃も手の水気を拭き取り、風呂に入る支度に向かおうとした。

「ああ、綾瀬さんちょっと」
「ひっ……は、はい?」

 莉乃が廊下に出ようとした瞬間、昴の手が肩に軽く触れる。思わず間の抜ける声が出てしまった。

「夕食で言っていましたよね?“参考になる”って話」
「ええ……」
「普通、美味しくない料理にメモなんて取りませんよ。……それだけです、おやすみなさい」
「……おやすみなさい」

 昴が緩く手を振る。なんとなく莉乃も手を振り返し、違和感をそのままにして台所を後にした。寝室に戻りクローゼットから着替えを取ったところで、先程の昴の姿に違和感があった原因に気付いた。

「そっか、着替えもないんだ」

 家主の服を借りたらどうだという話だが、おそらく家主も昴もあまりいい顔をしないだろう。それに服によっては防虫剤の匂いがするかもしれない。それはすぐには着たくない。
 パジャマと下着を取らず、鞄を開けて手帳を取り出す。明日は授業もバイトもない日だったかを確認し、手帳を戻した莉乃は浴室に向かった。



「赤ワインか……料理に使いそうだな」

 昴は台所にしまわれていたワインボトルを手に取るが、莉乃が調味料として使っている光景が想像できてしまった。口角を僅かに釣り上げ、それを元の場所に戻す。

 それにしても、あの坊やはあの女性に酷いことをする。彼女には同情する、俺が同じ立場でもまず歓迎しないからな。

「それでも、隣人より近いんだ。彼女とは困らない程度に仲良くしようじゃないか」

 細められていた目が鋭いものに変わることを、莉乃は知らない。

++++++++++
無事に昴さんが入居できました。
しばらく昴さんは莉乃さんに敬語です。
昴さんの方が年上なのにねって話なんですが、先に住んでいるのは莉乃さんなので一応先輩なので笑。

↓食事中の否定的発言

『あーもう、沖矢さんが女の人だったらなー』
コ「(始まった・・・)」
昴「もし僕が女の人だったら、どのようなことをしたかったんです?」
『ショッピングモールで一緒に服見たり、女子会したり』
コ「(女子会って、ただ飯食うだけだろ)」
『夜にパジャマパーティやったり』
コ「さすがに昴さん、それはやってくれないんじゃあ・・・」
昴「僕は構わないよ?」
コ「へ!?」
昴「修学旅行みたいな物だろう?」
コ「えー・・・?(まあ、格好の定義としては合ってるんだけど)」
『沖矢さん、あれは女性がやるものです』
昴「誰かがそんな意味合いで名前を付けたのかい?」
『いや、それは美魔女とかみたいに、勝手に名前が出来ただけかと・・・――というか、沖矢さんとは絶っ対やりませんから!』

++++++++++
というか、昴さんの素の顔でパジャマ着るのが想像できない。
常に厳戒態勢っぽいから、寝ててもすぐ外に出られる服になっていそう。
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