あれから一晩明けた。
目覚めは最悪、気分も最悪。
昨日のことを思い出しては、ただ虚しさでいっぱいになる。
だけど……狛枝先輩に、会いたかった。
狛枝先輩のコテージをノックしたが、応答はない。
とりあえず、レストランへと足を運ぶが、やはり先輩の姿は見えない。

「おはようございます、……狛枝先輩は?」
「…おかしいね、いつもは結構早いんだけど……」
「あ、あんな奴放っておけよ!!」

まあそうなるのも仕方が無いだろう。
沈んだ気持ちで朝食を済ませると、モノミがどこからともなく現れた。
どうやら2番目の島に行けるようになったらしい。
あそこにはドラッグストアもあるし、まあ気分転換にはなる…のかな。
もしかしたら狛枝先輩も先にそっちに行ってるのかもしれないと思って、みんなの後を追った。


まあ、結論から言うといなかったんだけど。
わたし達が集まったのは遺跡だ。
するとモノクマは『世界の破壊者』について語り出す。
間違いなく、未来機関のことだとは思うけれど説明に悪意を感じるというか。
そんな風に説明されたら、ますます裏切り者なんて名乗れなくなるし……。

「で、でもぉ…本当に裏切り者なんているん、ですかねぇ…?」
「そんなのいるはずない…と思うよ、モノクマが私達を疑わせる為の罠じゃないかな」
「そ、そうですよ!あれの狙いはわたし達を疑心暗鬼の状態にすることですから!!」

ああ苦し紛れ。
本当のことを言えない辛さというか、みんなを騙さなくちゃいけない辛さというか。
その日はあまり外に出る気分にもならず、コテージでゆっくりと一日を過ごした。

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次の日の朝、レストラン。
先日の裏切り者の話はかなり先輩達の心に残っているようだった。
その話題に触れられるたび、わたしは鼓動を早めて俯くしかなくなる。
だけど、先輩達の中で裏切り者として最も可能性が高いのはどうやら狛枝先輩のようだった。
これは、流石に聞き逃す訳にはいかない。

「裏切り者の心配はもういらんわ!狛枝をふんじばってるからのう!!」
「………どういうことか、説明してもらえますか」
「お、おい弐大!!」

なんと、左右田先輩と弐大先輩は、狛枝先輩を監禁状態に晒しているらしい。
…それも、旧館の大広間で。
いくらなんでも、…そんなのわたしは耐えられなかった。

「………最っ低ですね」
「何だよ!俺達は悪くねえぞ、狛枝があんなことしたのが悪いんだろ!!」
「それでも、…そこまで、しなくたって……!!」

慌ててレストランを飛び出した。
向かう先は、もちろん旧館の大広間。

「…ったく、何なんだよあいつ……」
「玲音ちゃんは、狛枝と仲がよかったからね……」

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レストランを駆け出したのは良いものの。
大広間の扉を開けるには、やっぱりそれ相応の覚悟が必要だった。
…先輩に謝らなくちゃ、いけないのに。
意を決してその扉を開く。
するとそこには、両手両足を拘束された狛枝先輩が横たわっていた。

「……あれ、誰かと思ったら汐海さん?」
「せ、先輩…っ」

その表情は学級裁判のときと代わりなく。
何かを憂うような様子で、先輩はわたしを見た。

「…どうしてここに?ボクのことが嫌いな汐海さんがさ」
「ご、…ごめんなさい!…わたしには、やっぱり先輩を嫌うことなんてできません…」
「…何か、含みのある物言いだね」

先輩の瞳はわたしを見透かしているような気がした。
…いっそのこと、全てを見透かしてくれれば、いいのになあ。
けどそんなことは叶うはずもなく、わたしは先輩への謝罪の言葉をつらつらと並べた、…我ながら気持ち悪いと思う。

「わかった、もういいよ汐海さん」
「すいません先輩……みんなが先輩を許してくれないなら、わたししか先輩を許せる人間はいないのに」
「気にしなくていいよ、…逆に、キミが裏切り者だと疑われなければいいんだけど」

…まあ、その裏切り者がわたしなのだけど。
とにかく先輩はわたしを許してくれた、先輩に嫌われたらそれこそわたしはもうどうにかなってしまう……駄目だこれは重すぎる、もっとライトにいかないと。
その後2番目の島のことなど、昨日あったことを先輩に伝えて、それから他愛もない話をした。
そんなことをしていると、先輩からわたしにある疑問が飛んでくる。

「…ねえ、どうしてキミはボクのためにここまでしてくれるの?」
「え……?」
「キミが死ぬほど優しい人っていうだけじゃ済まされない話だとボクは思うんだけど…。実際、左右田クンとかには暴言吐いちゃったりしたんでしょ?」
「そ、それは…そうかもしれませんけど……」

なんて言えばいいんだろうか。
…間違っても、記憶を失う前のわたしと先輩は恋人だったんですよ、とは言えず。

「ああごめん、…ボクみたいなゴミクズが汐海さんを困らせるなんて本当に最低だね」
「ち、ちがうんです!ただ、わたしは先輩に何度も助けられて、だから今度はわたしが先輩を助ける番、なんです…」
「……ボクはそんなに汐海さんを助けた記憶はないんだけど、…それならよかった」

わたしは、何度も何度も先輩に助けてもらった。
恩返しなんてものじゃない、これはわたしが誤魔化してるんだ。
……本当は、わたしがただ先輩のことを好きなだけ。

その日の夜、狛枝先輩と再度会話をすることができた喜びを噛み締め眠ろうとしたとき、不意にモノクマのアナウンスが鳴り響いた。
…そんな程度じゃ、今のわたしはへこたれないぐらい気分が良い、はずだった。
ジャバウォック公園に集められたわたし達の前に、今回の動機として与えられたのはミッシングリンクされたモノクマ特製のゲーム。
どんな動機だろうと、もうわたしにとって動機になり得るものはない、…だが先輩達は別の話だ。
でも、このゲームはやらなければいいだけの話。
そう結論づけて、その日は解散となった。
……それにしても、ミッシングリンクなんて、一体何とリンクさせてるんだろう。

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次の日。
随分と遅くまで寝てしまっていたのか、わたしが起きたのは既に昼過ぎだった。
レストランへ行っても既に誰もいないので、昼食を持って休館へ向かう。

「…おはようございまーす」
「ああ遅かったね汐海さん。『トワイライトシンドローム殺人事件』でもプレイしてたの?」
「な、なんでトワイライトのこと知ってるんですか…?」

どうやら今朝はわたしが寝坊したので、わたしの代わりに小泉先輩がご飯を運んだらしい。
…その際、あのゲームこと『トワイライトシンドローム殺人事件』のことを聞いたとか。
もちろんモノクマが作ったゲームなんてプレイする気も起きないし、第一あれをやるのは一応禁止されている。

「…でもさ、そんなのって希望とは言えないよね」
「え、で…でも」
「キミ達には少しガッカリしたなあ、だって絶望に立ち向かってこその希望でしょ?」

先輩の言葉は一理ある。
わたし達がやっているのは解決ではなく先延ばしでしかなく。
事実誰かが既にクリアしていた場合の対処も取れずに、……最悪の場合殺人に発展するかもしれない。

「ねえ、汐海さんはやらないの?」
「しませんよ…!」
「…はあ、残念だなあ…、キミは絶望に立ち向かえる人だと思っていたのに」
「…………もう、わかりました!やればいいんですよね!!」
「はは、それでこそ汐海さん」

本当に単純だなあ、わたし。
だけどやると宣言してしまった以上、後には引けない…。
狛枝先輩が嬉しそうにわたしが去るのを見届ける、…やっぱり乗せられたっていうのはわかってるけど……先輩に嫌われたく、なかったし。
……駄目だなあ、本当に。
少しは先輩から自立しなくちゃいけないような気がする、…依存してるのかな。

ジャバウォック公園。
あの妙なゲーム機の電源を入れると、なんとも不安を煽るようなBGMで『トワイライトシンドローム殺人事件』は始まった。
…なんで2日目から始まるんだろうなあ……。
ゲームを進めていくと、それはさながらタイトル通り死体が発見される。
…このゲーム、もうやめたい。
それでも途中でやめたら先輩に合わせる顔もないし、…なんて考えながらゲームをしているとなんと主人公A子さんの友達であるE子さんまで殺されてしまったところでゲームオーバー。
……意味のわからないゲームだったけど、これがミッシングリンクってことは何かあるのかな、やっぱり…。
結構怖いゲームだったので、二度もやる気はしないがこれではいまいち動機に欠ける。
…この、ごかいしたってのは何かあるのかなー、うーん…。

「それはね、『五回下』って意味だよ」
「へえー、そうなんだ…ってえええ七海ちゃんいつからそこに!!」
「『絶対に許さない』ってとこで汐海ちゃんが本気でゲームやめそうになったとこからかな」
「だって怖かったんだもん…!!」

いつのまにか後ろには七海ちゃんがいたらしく…なかなか恥ずかしいことをしてしまった。
そんな『超高校級のゲーマー』である彼女曰く、あれは隠しコマンドの一種らしい。
あんまりゲームはやらないからわからないけど、つまりはシークレットモード。
もう一度意を決してゲームを開始する、その際五回下ボタンを押してから。
…おおお、真相編になったぞ。
これでちゃんと1日目からプレイできるのか、なるほど…。
ところでこの女子高生さん達、…特にB子さんC子さんの独特の口調とか聞いたことあるような気がしないでも、ない…?
進めていると最初の死体が発見され、3日目になる。
…なるほど、最初の女子高生のはE子さんが殺して、…その後F男くんが妹の復讐で殺した…みたいな?
こ、これ…もしかして…!
昔、希望ヶ峰に入学してから一つだけ、大きなニュースがあったことがある。
その事件こそ揉み消されたが、…多分これは間違いなく、それとミッシングリンクしているのだろう。
だとしたら、…この登場人物は大体77期の希望ヶ峰学園生、だと思う。
かと言ってこれはあくまでゲームだし、本当に事件がこの通りに起きたとは限らない、頭の片隅にでも入れておくだけで構わないだろう…だいたい、このゲームをプレイするのは禁止されてるんだし。

「…それでも、私達以外の誰かがもうこのゲームをクリアしてるんだよね」
「……そう、なんだよね…でも誰がやったんだろう…」
「これなら私が速攻でクリアしておけばよかったよ…」
「あはは、七海ちゃんらしいね…」

結局考えてもわかることはなく、その場で七海ちゃんとは別れコテージに戻った。
…遊びに行く気分でもないし、部屋にあるちょっとした薬品で地味な花火を作る。
…うわあ、勢いで作ったけど虚しいなこれ。
小さめの音とそこまで明るくない光が、今のわたしを象徴してるというか、…またなんともわびしい気分になった。
そんなこんなで夜、寝ようとは思った。
そう、寝ようとしたんだよ、わたしはね。

「…寝れるわけないじゃん!!」

あんなゲームをやったんだから当然寝れるはずもない!
だって怖かったし!意味わかんないしBGMも死体写真もリアルで怖かったし!!
意味もなくコテージを出てほうけていると、何故か日向先輩もコテージから出てきた。

「…あれ?こんな時間にどうしたんですか?」
「あ、いや…ちょっと小腹が空いたからレストランにでも行こうかと…」
「そうなんですかー、気をつけてくださいね」

それからも暫く無心に空を見上げていた。
なんだか、わたしもお腹が空いてきたのでレストランへ向かう、だが日向先輩の姿はなかった。
…あれ、もう戻ったのかな。
レストランも地味に広くて不安を煽った、どうやら今のわたしには全てのものが不安に映る。
…無理もないよね、突然あんなゲームやらされたんだし。
そんな張本人はそう言えば何をしているのだろうか、もうだいぶ夜中だが旧館に押しかけてみることにした。

「狛枝せんぱーい、…起きてますかー…?」
「……」

…まあ、そりゃ寝てるとは思ったけどさ。
わたしだけ怖い思いして、自分だけ寝るなんてなんとなく癪に障るな!

「先輩、起きてくださいよー!」
「…んん、あれ…もう朝?」
「深夜1時ですよ、先輩!」

寝起きの先輩って、いつもより気怠げでまた何とも色っぽいというか。
…うわーわたしなに考えてるんだ変態か!

「…先輩が言うからトワイライトやってきました、おかげで怖すぎて寝れないんですけど……」
「あはは、結構ホラーテイストだろうからねえ…ボクで良かったらキミが寝るまでの話し相手ぐらいにはなるよ、なんてね」
「本当ですか!?やったー、じゃあ…えっと有機化合物の発見からでいいですか?」
「そ、それはちょっと遠慮したいけど…」

多分今のは狛枝先輩なりのジョークなんだろうけど、それでも今のわたしにとっては本当に話し相手になってくれるのだとしたら最高だ。
特にやることもない真夜中で、でも何もしなければあのゲームについて思い出してしまう。
なんにせよ、トワイライトをプレイした直接的理由が狛枝先輩なのだから、少しぐらい付き合ってもらおう。

「…じゃあ、先輩。もし元素と結婚できるなら10個どれがいいですか?」
「…ええ…?ちなみに汐海さんならどうするの?」
「わたしはまず窒素ですね!あとは水素、コバルト、…うーんネオンもいいですね……あ、セシウム、とか……」
「…ごめん汐海さん、ボクには恥らうポイントがいまいちわからないんだけど…」

狛枝先輩にはわからないかもしれませんが、セシウムって元素番号55なんですよ、まあどうでもいいですよねこんなこと!
しばらくそうこうしているうちに時刻は3時、流石に眠気も出てきた。

「やっぱりこの島の星って綺麗だね…、あれ、汐海さん?」
「……」
「寝ちゃった、かな…?」

そんな声を聞く頃には、わたしはもうすっかり夢の中に落ちていた。


海と罰。罪とココナッツ(1)


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03/11


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