「ねえ汐海さん」
「どうしました?狛枝先輩」

ここはわたしの化学室。
希望ヶ峰学園の『超高校級』と呼ばれる本学科の生徒は、このように破格の待遇を受けているのだが、その中でも特にわたしと言う存在は、『超高校級の化学者』と巷で呼ばれているとかいないとか。
そんな暗く地味と言われる一端の化学者のところへと、わざわざ訪れてくれるのがこの『超高校級の幸運』こと、狛枝凪斗先輩だ。

「それは新しい実験?」
「そうですよー、実は松田先輩から少し頼まれ事があってですね!」
「……へー、あの松田クンがね」

松田先輩と言うのは、わたしの先輩であり狛枝先輩たちと同じ学年の『超高校級の神経学者』である。
何かとすぐに暴言を吐いたり、全日本無気力選手権なんてあったら真っ先に1位を取りそうな、そんな先輩だ。
わたしも面識はあまりなかったし、頼まれ事の内容も内容で、それはとても驚いた。

「汐海さん、これってさ…もし、ボクみたいなのに教えても差し支えないなら、何してるか聞いてもいい?」
「えー、……他の人には秘密にするならいいですけど」
「もちろんだよ」
「絶対言わないでくださいね、バレたら松田先輩に殺されちゃいますし!」

松田先輩から頼まれたある事。
それはどうやら『記憶を取り戻す』薬物だとか何だとかで。
全くもって何に使うかもわからないが、先輩直々に頼んできたことだし、わたしの研究が一息ついたので快く承諾したところまではよかったが。
そんな未知の薬品、作るのだって大変だし、偉人のみなさんだってそういうものは結構偶然の産物だったりする。
完成したって副作用だとか、薬学系はあんまり詳しくないし、罪木先輩にも相談しなくちゃいけないし、とにかく冷静に考えれば何て長い話なんだろう……。

「……それで今日は授業出ないで、ずっとこれをやってたの?」
「な、なんで先輩が知ってるんですか……!」
「苗木クンと舞園さんと偶然会ってね、汐海さんがここに篭ってるって言うから来てみたよ」
「わー、あの二人め……」

余計なことを……、と思ったが口は出さずにしておく。
何を隠そう、わたしと狛枝先輩は一応俗的に言うと恋人関係にあるのだけれど……。
何と言うか、世間の女の子とは違い化学室に篭ってるような所を先輩に見られると少し恥ずかしいし申し訳なくなる。
わたしも舞園さんとか江ノ島さんみたいな才能ならよかったんだけれど、まあそれは気にしていても仕方ない。

「そういえば、松田クンは汐海さんにこんなものを作らせて何をするんだろうね?」
「さあ……、誰か思い出して欲しい人とかいるんですかねえ」
「……どうかな?松田クンなら自分でどうとでもできそうなのにね」

確かにそうなのだった。
松田先輩はわたしと同じく研究者の中でも神経学者、記憶を取り戻したいなんて、そんなこと自分でできるはずなのにわざわざわたしに頼んでくるなんて。
まあ、考えてもわからないことは後回しにして、とりあえず研究へと戻る。

「……大変そうだね、あんまり無理しちゃだめだよ。汐海さんは放っておいたら睡眠食事を忘れてここにいそうだから」
「え、えへへー…、すいません……にしても終わりの目処が立ちませんし、今日は帰りましょうかね」
「そうしようよ、ボクも汐海さん心配だし。……ってあれ?何これ汐海さん」
「ええっ……!?」

狛枝先輩が指さしたそれには、何とも言い難い謎の反応を起こしている物体が。
……あれ、下手したら3年かかるかもしれないなんて言った研究が、既に終わりを迎えそうな気がする。
よくわかっていない狛枝先輩はとりあえず笑っているが……もしかして、いやもしかしなくても。

……先輩の幸運、強すぎ。

「せ、せせせ先輩……!」
「どうしたの汐海さん……!」
「なんか、……世紀の発見を、してしまったような……」

見ると反応はどんどん進んでいる、事が順調に進みすぎて怖いとか思ってる余裕もなく、即座に次の行動へと移る。

「せ、先輩のおかげですよ!先輩の幸運すごい!きゃーーっ」
「汐海さ、……えっと、それじゃあ」
「はい!先輩のおかげで研究はもう3/4ぐらい終了しました!」
「……あはは、ボクのこんな才能が役に立ってよかったよ」

嬉しさのあまり、先輩の両手を握ってくるくると踊り出すわたし。
多分はたから見れば化学室で何やってんだあいつら状態だが、そんなことはどうでもいい。
研究で一番辛いのは発見するまでだとわたしは思う、そんな終わりのない徒労を先輩によって救われたわたしは、もうじっとしていることなんてできずに、先輩の手を掴んだまま大声で叫ぶ。

「やりました先輩!本当にありがとうございます!」
「おめでとう汐海さん!やったね、汐海さんの希望が輝いてるよ」
「えへへ、先輩のおかげですよ!」

そんなつかの間の幸せを感じながら、わたしは狛枝先輩と帰路へ向かった。
明日はちゃんと学校に行って、みんなに自慢しちゃおう。






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「……ここ、どこ…」

目を覚ますと、そこは誰もいない教室だった。
薄暗い明かりに派手な壁紙。
わたしは今日から希望ヶ峰学園の生徒のはずで、……そう、わたしはあの校門を潜って…………、あれ?
校門を潜った後のことが、どうしてか全く思い出せない。
何でわたしはここにいて、どうやってこの場所に来たのか。
……多分、ここが希望ヶ峰学園の中だとは思う、けどそんな確証もない。
隣の机には、体育館に来いといった文が書かれていてわけもわからないまま、とりあえずそれに従うしか今のわたしにできることはなかった。

「また一人来たか」
「……誰、?」

体育館に集っていたのはわたしを含め16人。
テレビや雑誌で見たことあるような人から、リーゼントをばっちり決めた暴走族のような人たちまで多種多様。
どうやらみんなわたしと同じ状況らしい、体育館に来たはいいが何が待っているのか。

「ようこそ希望ヶ峰学園へ!学園長のモノクマだよ!!」

……何だあのぬいぐるみは。
希望ヶ峰学園なりのサプライズかなんかだろうか、どっちにしろ想像していた学園長の姿とはかけ離れていて驚いたが、まだこれなら許容範囲。


「今からここにいるオマエラには、コロシアイをしてもらいます!」


……。
何だか物騒な単語が聞こえてきた。
きっと何かの間違いだろう、希望ヶ峰学園もなかなか冗談がお上手なことだ。
コロシアイ、殺し合い……、あまりに現実味のないその言葉に、わたしはいつのまにか震えていて。
とにかく、そんな物騒なことをわたしたち高校生ができるわけもないと信じながら、意識を手放した。


プロローグ


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