今回の黄瀬の仕事は県外だった。沖縄の方までロケがあり、メンズ雑誌の8月号の表紙を撮りに行った。
土産は家族の分と、バスケ部の分と、キセキの世代の分。プラスアット、とかなりの量がある。久里浜行の京急の先頭に乗って、次第に暗くなっていく景色を、ぼーっと眺めていた。
と、唐突に。運転席の真後ろから見える線路の上に、左向きで立っている女の人がいた。
(おいおい、自殺? やめてくれよ、事故とか。…てか、あれ? 車掌さん、気づいてねぇの…?)
電車の速度を考えて、もう撥ねてしまってもよい筈なのに、女性と車体の距離は一定を保ったままだ。外の景色は街灯やらビルの明かりやらで、きらきらと輝いている。
周りは、女性に気付いていない。黄瀬の五感だけが、女の姿と空気の重さをとらえている。くるり、と女性の首から上だけがこちらを向いて、にやりと笑った。
黄瀬の背筋に冷たい雫が走る。彼女はこちらを向いたまま止まっている。京急の真っ赤な車体は、不気味なほどに口角の上がった女に、ぐんぐんと近づいていく。
がつんっ。鈍い音がして、車内がぐらり、と揺れた。電車のスピードは徐々に遅くなっていき、辺りには何もない住宅街の傍で止まった。
“現在、京急は緊急停止をしております。暫くお待ちください。”
車掌の焦ったような声でアナウンスが流れる。車内はざわめき始めた。
「なに…?」
「さっき何かぶつからなかった…?」
「事故?」
「やだぁ…」
周りは事故が起こったことを察し始めた。だが、黄瀬のように一部始終を見ていた者は、誰一人として、運転手すらも、いない。
数十分間そのままでいると、やっと電車は動き始めた。アナウンスでは車掌が、何もなかったことを告げている。車内にいる人たちはまだ納得していない様子だったが、これで帰れると思ったのか、特に何も追究したりはしなかった。
かくいう黄瀬も、あの女の正体が気になったのだが、面倒事にはなりたくなかったので、深いため息をついてから外を眺め始めた。
そんな時に、ふと、視界の下の方がおかしいと気づいた。黒っぽい何かが、窓の外に見える。
「……ぇ…?」
視線を向けると、それはさっきの女性の頭だった。
青白い顔で、充血した目で、こちらを上目づかいで睨んでいる。両の手の指は、窓の下の桟を掴んでいた。
怖くなって、ぎゅっと目を瞑ってから、またゆっくりと開く。女の顔があった場所には、ただ反対側の線路が見えるだけだ。
そのあとは何事も無く、ただ電車が15分の遅れを出したくらいで、特に変なことは起きなかった。
……いや、ただ一つ。
沖縄で撮った黄瀬の写真のいくつかに、あの線路で見た女性が写っていたこと以外は。
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訳の分からなさが次第に増してますね。
そして短い。
電車のこととかよくわかんないです。すみません。