ないしょだよ?
その響きは昔から、何処か危険な誘いを伴って唱えられる文句の一つ。
それはいつも色褪せること無く人々の心を惑わし恐怖させる。
それが同時に破滅の呪文でもあると、誰もが知っている、はずだったのに。
これは俺の、とある後輩の、とあるよくある、都市伝説。
何でもない夏の日だった。
サウナ状態の、風通しの悪い体育館。
強豪校と持て囃される俺達の練習は相当きつい。
そんな数少ない休憩時間、青い顔をした真っ黄色の髪を揺らす後輩が、最近流行りのタッチ式携帯片手にふらふらと寄ってきた。
余りの青さに具合でも悪いのかと聞けば、それは細い黄色を大袈裟に揺らした。
そして恐れを如実に感じさせる声で訴える。
アイツからの電話だ、アイツからの電話だ。と。
アイツとは。中学の時の同級生か。
アイツ、と明らかな嫌悪感を示す辺り、あのブッ飛んだ頭の同級生かと聞けば、その問いにも首を降る。
じゃあなんなんだ。しびれを切らした俺に、それは言った。
『アイツはアイツだ。電話の神とも電話の主とも精とも守りとも言われるアイツ。きっと俺を罰しにきたんだ。』
以前アイツの存在のはっきりしたところは知れなかったが、相当取り乱した様子にれんびんの情を抱くのは仕方のないことだったのかもしれない。
そう思った俺は、その晩後輩の自宅に泊まってやったのだ。
そして、その夜だった。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」
いつもの爽やかな声は苦悶と恐怖で醜くなっている。
飛び起きて目にした光景は、まるで飛び起きたことすら夢の中の動作だと思うほど異常だった。
床は血に塗れて骨のべきべきと砕かれる音と悲鳴が不協和音を奏でる。
いやだ助けて痛い痛い痛い痛い、そう叫ぶ後輩の手は、ついさっきまでボールを放って放物線を描いていたことすら嘘だったと思わせるような、そんな手だった。
踏ん張りすぎで皮は擦りきれ爪は剥がれて手と呼ぶことすらおぞましい。
そして全ての原因であるその小さい端末は、何がどうなっているのか掃除機のように後輩の体を吸い込んでいるのだ。
ビチャビチャバキバキズリズリ、血の音骨の音皮膚の音。悲鳴嗚咽嘆願。恐怖怨恨怒張。
俺はそれを、質の悪いスナッフムービーでも眺めるかのように見つめ、やがてその体は。
「な、んで、そんな話、するンすか…?」
話の続きは目の前の、青い顔をした真っ黄色の髪を震わす後輩が、最近流行りのタッチ式携帯片手に座り込んでいた。
俺は笑って答えてやる。
親切に、もう今では数が少なくなった折り畳み式の携帯片手に電話を掛けて。
勿論宛先は目の前の愛しいいとしい後輩の。
「『な、なに…』」
ぶれて聞こえる。
なんとも不快な感覚に、少し耳から携帯を離した。
また笑顔を作って、通話口に向かって答えてやった。
「『お前はかけちゃいけない場所にかけちまったんだよ。彼処は禁忌の場所。あの人だけの、居場所だ。』」
「『せ、せんぱい…?』」
「『さようならだよ。残念だ。…期待のエース様だったんだがな。』」
「『やっ…やだっ、』」
後輩───黄瀬が俺の携帯を奪おうとしたそれより早く。
「『お願いします。』」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」
そしてみるみるうちに飲み込まれていった、血塗れの床を見渡して、とある番号に発信する。
「えぇ…はい。終わりましたよ。もうそちらには行きましたか?あぁ…ならよかった。可愛がってやってくださいね?俺の大事な、元後輩なんですから。」
テレフォンナンバー
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なんだったかな、これ。
元ネタは宮部みゆきさんの短編集かなにかに入っていた混線というお話だったような気がします。
あとは都市伝説ですね!ありますよね!貞子に繋がる奴とか宇宙と交信出来る奴とか!