愛してと叫んだその口で殺してと君は泣いた 救ってください、愛のなかに 全身を投じますから 止まってしまった時間の中で生きるのはひどく孤独だ。 あれから、俺が悪魔として覚醒してから、10年経った。 けれど俺の外見はあの日と変わらぬまま、まるで俺の時間だけ切り取られてしまったかのようで、俺はただ寂しかった。 メフィストが悪魔と人間の過ごす時間は違うと言っていた。確かにメフィストもすでに何百年も生きている悪魔なのだから当然といえば当然のことだ。 それなら俺は、あと何年生きていかなければならない?この牢獄で、何のために? 俺の運命は騎士団の武器として勝手に死ぬことも自由に生きることも許されず、息苦しい箱庭のようなこの場所に鎖で繋がれたまま一生を終えること。 聖騎士になった今でも、騎士団にとっては単に任務をこなすだけの道具でしかない。 それはなんて残酷で哀れで馬鹿らしいことだろう。 でも騎士団を憎んだことも恨んだこともない。 それでも俺は幸せだったから、みんながいたから。 会う機会は減ったけど、あいつらだけはいつまでも変わらない俺を見ても何も言わず同じように接してくれる。 「なんや奥村、また縮んだかぁ?」 「あんたはちんちくりんなのがお似合いよ。」 「どう奥村くん?久しぶりの俺は?えらい男前になったやろ?」 「奥村くん、元気にしてはりました?」 「燐、見て!この花、任務先でもらったの!」 優しさがあったかくてくすぐったくて、 それだけでいいと思えたんだ。 だけどみんなといる時間が幸せであればあるほど、独りの時間は重く苦しくなっていった。 いつか訪れるみんなとの別れを考えずにはいられない俺と、今を必死に生きようともがく俺と、何もかも投げ出してしまいたい俺と、頭の中がぐるぐるして不安と寂しさと恐怖に押し潰されそうな時、思い浮かぶのはいつも、 「兄さん、ただいま。」 「…おかえり、雪男。」 いつも目の前には優しく笑う雪男がいた。 そうだ、今日は数ヶ月ぶりに雪男が帰ってくる日。 学園を離れられない俺の代わりに実質的な聖騎士の仕事をしている雪男は各地を巡っている。上役との会議、交渉、各地の支部の視察、報告、指示…いわゆる頭脳面の仕事は全て雪男に任せっきりだ。それ以外の難度の高い任務や極秘任務、強力な悪魔退治は俺の仕事。 「ふぅ、まったくフェレス卿には困ったものだよ。僕までとばっちりだ。」 きっとまたメフィストがじじい共を煽るようなことを言ったのだろう、疲れたように笑う雪男は前見た時よりいくぶん痩せたようにも見える。 雪男は目頭を押さえ倒れるように椅子に座った。俺は雪男のコートを脱がしハンガーにかける。ずいぶん汚れてあちこちほつれてしまっているそれが、雪男の苦労を伝えているようで胸の辺りがきゅーと苦しくなった。 俺のせいで、雪男まで 「…なぁ、雪男。」 「なんだい、兄さん?」 それでも優しく笑う雪男を見て泣きたくなる衝動を抑え、緊張で乾いた口内を潤すように一呼吸おいてから震える声をしぼりだした。 「俺のこと、嫌いか?」 嫌い、だなんて子どもっぽい。 でも、好きか?とは聞けなかった。 「…好きだよ、」 今きっと、俺は情けない顔してる。 それを見かねた雪男がゆっくり俺に近づいて俺を抱き締めた。 あの頃よりさらに開いた身長差が悔しくて、あの頃よりずっとたくましくなった弟の体にすっぽり包まれてしまうのが悔しくて、あの頃より弱くなった自分が悔しくて、雪男の肩に顔を埋めた。 「俺のこと、怖いか?」 「怖くない」 「俺のこと、憎いか?」 「愛してる」 俺の質問に当たり前のように応える雪男の腕の力が、応えるたびに強くなる。 「愛してるよ、兄さん…だから1人で苦しまないでくれ。」 愛してる、俺も、雪男を、 「もう、1人は嫌なんだ…っ、雪男…1人ぼっちは、嫌だ…。」 「兄さん…。」 「雪男…俺のこと、殺して?」 「………………」 今まで間をおかず応えていた雪男が押し黙る。 きっとそれは否定の意。 俺が雪男を殺せないのと同じ、雪男が俺を殺せるわけないのはわかっていた。雪男は俺を殺すぐらいなら自分の命を絶つんだろう。そうしたら本当に俺はひとりぼっちになる。 「…ごめんね、兄さん。」 「雪男は悪くねぇよ。」 顔を上げ雪男を見つめる。 雪男の瞳に映る俺はひどくちっぽけに見えた。 そして、どちらからともなく唇を重ねた。 涙の味がした。 せめて今は幸せに溢れた毎日を いつかのために いつか、あなたが1人になっても、今が幸せだったと思えるように そして、いつかも、幸せでありますように ◆あとがき◆ うーん…書きたかったのと若干ずれました。 もっとこう、10年後のみんなとの絡みを書きたかったというか、回想みたいになっちゃってるというか、つまりはもっと幸せEDになるはずだったんです。 これじゃ救いないですね。燐くん愛してる。 冒頭の、救ってください〜はトマス・ディランだかディラン・トマスだかの詩のほんの一部です。 |