俺の時間とみんなの時間がずれていく。



あの日から止まったようにゆっくりになった俺の中の時間。
周りに置いていかれるような寂しさと孤独に押し潰されそうで、それでも笑っていられたのは雪男が、みんながいたから。



聖騎士になってからはあちこちを転々としていたけれど、今は雪男のそばで雪男と一緒に過ごしている。

「おはよう、雪男」

少しでも雪男と時間を共有したいと思った。

「…おはよう、兄さん」

そう雪男が皺だらけの顔で優しく微笑むから俺も笑って雪男に眼鏡を渡す。


震える手でそれを受け取り雪男は確かめるように分厚いレンズの向こうの燐を見つめた。
いつまでもあの日のままの燐は強くて優しくて眩しくて愛しくて温かくて、けれど伝わってくるのは寂しさと切なさ、悲鳴にも似た助けてと呼ぶ声。

そんな兄を1人にしてしまう日のことを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。



「今日は久しぶりに散歩でもしようぜ。ほら、すっげーいい天気。」
カーテンを開け満面の笑顔を向ける燐を雪男は眩しそうに見つめる。
「兄さんに車椅子押されるの、すごく怖いんだけど。」
「失礼だな!車椅子ぐらい俺だっておせる!」

「それもそうだね、じゃあ、頼むよ兄さん。」
「おう!任せとけ!」


雪男の足も腕も、もう思うように動かない。それでもこうしていられる時間がひどく幸せだった。
雪男とならずっと一緒にいられると思った。
雪男となら―




けれど無情にも時間は流れた。

消毒の匂いが染みついた無機質な病室で雪男は今にも止まりそうなほど浅い呼吸を繰り返す。

「ゆきおっ…!ゆき、お…っ」

名前を呼んでいないと雪男は遠くへ逝ってしまう、手を握っていないと雪男の温もりが消えてしまう。

「に…い…さ……」

掠れた小さな雪男の声。それでも確かに名前を呼んだ。希望にすがるように皺だらけの雪男の手をさらに強く握る。

「ゆきおっ!!死ぬな…っ!ゆ、きお…ゆきお…っ」

雪男となら永遠さえ共に生きていけると思った。

「ごめ…ね…にい、さ…1人に…して……」

呼吸音にも似た呟きと同時にこぼれた一筋の涙。

目前の自分の死より、雪男は燐を独りにしてしまうことの方がつらく悲しかった。

「ゆきおっ…!いや、だ…ゆきお!ゆきおぉ…っ」

病室に響く心拍停止を告げる機械的な音。握った手は握り返されることなくベッドに沈む。


老衰による死、それは幸せなことなんだろう。

この体に老衰はいつになったら訪れるんだろうか。
それこそ気が遠くなるほどの時間を生きなければならない。
雪男のいない世界で。

それは、なんて―…





「奥村先生は逝かれましたか。」

静かに病室に響いた聞きなれた声に顔をあげる。

「……メフィスト」

「お久しぶりですね☆」

何十年ぶりかの再会にも関わらずメフィストは軽く挨拶を済ませ雪男の眠るベッドのそばに立つ。

「奥村先生は幸せですね。祓魔師でありながら老いて死ねるとは。」
敬意をはらうようにメフィストは雪男に一礼したが、その格好ではふざけているようにしか見えない。
メフィストが顔を上げいつもの笑みを浮かべながら燐の目を見つめる。


「泣いているんですか?」

「………………」

「寂しいですか?」

「…………っ」

「死にたいですか?」



死にたい、のかもしれない。

先の見えない暗闇で独り生きるより、死の方が幸福に思えた。


「…殺してくれるのか?」

殺してほしい、死を何度も望まれてそれでも生きていられたのは希望があったから。
今はもう何も見えない。


「お断りします、ですが…あなたと共に生きることならできる。」


燐はその言葉に目を見開く。それは望んでも決して届かなかった願いだった。

何度も何度も、何度も大切な人が死んでいくのを見送った。
雪男も俺を置いて逝ってしまった。

けれど同じ悪魔なら、メフィストとならそんな孤独はもう感じなくていいのかもしれない。


「さぁ、行きましょう。」

燐は差し出された手を迷うことなく掴み立ち上がる。
それを見てメフィストは満足げな笑みをうかべ、マントで覆い隠すよう燐を抱き締めた。

最期に雪男の顔を見つめて心の中で別れを告げる。
愛してるなんて恥ずかしくて面と向かって言えなかったけれど、それでも確かに愛していたと。そして胸いっぱいのありがとうを。

メフィストはそれを知ってか知らずか指を鳴らし雪男のベッドに花を散らす。
死を悼むには少し不釣り合いなその花々に囲まれて雪男は穏やかに眠っていた。



行こう、と燐が目で訴えかければメフィストは笑みをうかべもう一度指を鳴らすと、二人は煙のように辺りに霧散して消えた。























(…メフィスト)
(何でしょう?)
(俺より先に死んだら許さねぇ)
(分かっています)


その時は共に





















◆あとがき◆

燐くんは悪魔だからきっと恐ろしく長生きなんだろうなと思ったら雪男おじいちゃんの話ができました。

メフィストは燐くんの孤独知ってて雪男が死んだの見計らって出てきてたら最低でおいしい。

この後、正十字学園で二人は仲良く暮らします。
聖騎士燐くん見たい。オーダーメイドな燐くんの聖騎士スタイル見たい。




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