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――小田原城での戦いが終わってしばらく経ち、またもや躑躅ヶ崎館が騒がしくなるようなことが起きた。
…顔馴染の女中さんに聞くと、毎度御馴染の川中島の戦いが行われるらしい。
…ちなみに毎度おなじみと聞いたって特別歴史を知っているわけではない私は正直知らなかった。
不思議に思って、幼稚舎に立ち寄ってきた佐助さんに尋ねると、「ホントに何も知らないんだね。」と若干、馬鹿にされながらも(相変わらず失礼な人だ。)教えてくれた。
「…うちの大将と上杉んとこの軍神が何度かそこで戦ってんの。…ま、今回は名前ちゃんの力を使うようなことを大将はしないだろうし、大人しくしてなよ。」
「…ってことはこの幼稚舎に残っていてもいいってことですか?」
「そうだけど……戦中はどうしても本陣の警護が手薄になる場合がある。正直、俺様としてはついてきてもらった方がいいかも。」
そう言うと、佐助さんはへらりと微笑った。
…最近、私の前で気のせいか貼り付けたような笑顔を見ることは少なくなっている気がする。
佐助さんのあの言葉も本当に心配しているから言われたんだと信じたい…うん、本当に信じたい。
多分、武田を裏切るかもしれないということもちらりと危惧しているのかもしれないけれど。
縁側で佐助さんと並んでお茶を飲んでいると、幼児姿の小太郎君が私の元へと近づいていき、袖を引っ張ってきた。
…お茶が欲しいのかな。
飲みかけだけど勧めてみると、ふるふると首を振られた。
首を傾げる私に佐助さんは苦笑交じりで助け舟を出してくれた。
「風魔もアンタを守るために戦いに出たいんだとよ。…いいけど、本当に裏切らないんだろうな。」
小太郎君は冷たい佐助さんの瞳に射られながらもコクリと頷く。
佐助さんはそんな小太郎君を猜疑の含んだ目で見やると深い溜息をついた。
「はぁ…イマイチ信用できねぇけど、仕方ないねぇ。何せコイツを武田の領地に見張りなしに置いておくってのもどうかと思うしさ。名前ちゃん、戦の当日に元に戻してやってよ。」
「…了解です。何だか久しぶりに小太郎君の元に戻る姿を見るんですね。…今から緊張してきた。」
「…何の緊張なのよ、それ。」
…もちろんイケメンを間近で見る緊張です。
子供の姿でこんなに可愛いんだったら、大人になったらきっとイケメンになるよね、きっと。
そう心の中で答えながら、笑顔で佐助さんの方を見ると、「名前ちゃんのその顔、なんか気持ち悪い。」と悪態をつかれてしまった。
…これがなければ、佐助さんのこともイケメンと認めるのに。
うん、イケメンだけどイケメンじゃない。
佐助さんはそんな感じだね。