September 1
――なんでこうなった。
私は自分の服装を鏡で確認しつつ思った。
更衣室の扉付近では「もう着替え終わった?」と問いかける佐助さんがいる。
…逃げ場はないのか。
私は観念して更衣室の扉を開けたのだった。
事の始まりは――8月末の事だった。
いつものように文化祭間近になり、どこのクラスも夏休み返上で文化祭の準備を行う。
私達3年生は受験生ということもあり、模擬店のみの参加で許されていた。
いや、模擬店のみといっても騒がしいことが好きな高校生だから、他のクラスに負けぬよう派手な装いをしようと競う。
ちなみに私達の所属する3−1はパフェを売ることに決まっていた。
パフェといえば喫茶店を作りたい。
そういう意見が一部の生徒から出てきて、多数決で決まる。
…私は何でもいい、というかどうでもいいけど。
そう心の中で呟いていると、隣の席で服飾担当に立候補している奴がいた。
…おい、佐助さんや。
なんか嫌な予感がするんだけど。
こうして私の嫌な予感は的中することになったのである。まる。
今の私の服装は所謂メイド服――服飾担当の佐助さんが気合を入れたからか知らないが、どこかのコスプレショップで売っているちゃちな奴じゃなくてもっと本格的な奴。
…こんな時までオカンスキルを発揮しなくてもいいのに。
そう思い、着替えたくなったが更衣室の扉を叩く音が煩い。
強制突破されちゃ敵わない、というよりも同じクラスの女子も同じ格好をしているのだから、私だけじゃない。
赤信号、皆で渡れば怖くない精神で頑張ろうと思い、扉を開けると見事なギャルソン姿の佐助さんと風魔さんがいた。
「ん、俺様の見立ては完璧だったでしょ。」
「……。(親指を立てていい笑顔)」
「そんなに褒めんなって。風魔もいい働きしてくれたよ。ここまで本格的なの作れたのもアンタのおかげだ。」
…ほう、この衣裳の背後にいたのは佐助さんと風魔さんだったわけか。
私は2人を冷めた目で見た後、模擬店の準備に加わる。
…なんだかこの格好は見せたくない。
出来れば厨房の方にいよう。
厨房担当に声をかけ、奥の方でパフェを量産していると、私の手を引っ張る輩がいた。
言うまでもない、佐助さんである。
私は彼を睨みつけると、佐助さんは苦笑いを浮かべた。
「名前ちゃん、そんな可愛い格好でそんな顔しちゃ駄目でしょ。ほら、営業スマイルの練習。やってみて。」
「…厨房担当になったので不要ですが、何か。」
「えー、そんなに厨房担当はいらなかったでしょ。それに俺様、推薦で名前ちゃんのことカウンター担当にしたのに。」
「それは見目麗しい方でやっておいてください。ほら、佐助さんとか風魔さんとか。ホストクラブっぽい雰囲気を出したら丸儲けよ、丸儲け。」
「…大谷の旦那みたいな言い方、やめてくんない?名前ちゃんも十分可愛いよ。俺様にしか見せたくないっていうならそれでもいいけど。」
「…分かりました。カウンターに出ましょう。」
「名前ちゃん、俺様涙出てきた。」
嘘泣きを始める佐助さんを小突いてから、カウンターに出る。
既に外は行列を成している。
…大方、佐助さんと風魔さん目当てだろう。
私は事務的に笑顔を作り、カウンターで客をさばき始める。
…なんだか男性客が多い。
あれだ、きっとBL的な何かを期待しているんだな。
私はさばきながらも自分の妄想に入り浸っていると、佐助さんと風魔さんが自分の仕事を放ってこちらにやって来た。
唖然としている間に、男性客をすべて他のカウンターに誘導する。
「…え、私遅かったですか?っていうか2人とも仕事放ってなんでここにいるんですか。」
「まったく今の奴等、名前ちゃんにコナかける気満々だったってのに、本人気づかないもんな。嫌になっちゃうよ、ほんと。」
「あれですよ。いい男を見に来たんですよ、皆。」
「…うん、もうそれでいいや。…名前ちゃんが靡かないならそれでいいと思う。」
「……。」
…なんだか2人とも呆れた雰囲気を前面に出している。
…何なんだ、本当に。
というか仕事に戻って欲しい。切実に。
見られたらやりにくい。
客足が少なくなってきた時、見慣れた集団が現れた――…幸村さんに政宗さん、そして慶ちゃんである。
私は営業スマイルをやめて素に戻ると、政宗さんに聞いた。
「あれ、保護者は?」
「What!?…小十郎は俺の保護者じゃねぇだろうが。アイツはお前らと同じく模擬店で店番だ。」
「ああ、さっき見て来たけど、ありゃ新撰組のコスプレだったよな。焼き鳥屋なのに新撰組…誰の案なんだろうねぇ、本当に。」
「でも美味かったでござるよ?特に片倉殿の育てた葱を使ったねぎまは絶品だった。」
「ちょっと旦那、夏祭りの二の舞はやめてよね!?」
既に沢山荷物を持っている幸村さんに佐助さんは詰め寄る。
…接客はどうした。
私はとりあえずもう一度営業スマイルを作ると、お決まりの台詞で問いかけた。
「ご注文はいかがなさいますか、ご主人様。」
「…なんか名前に言われると照れるなぁ。」
「風来坊、名前ちゃんに触れたりでもしたら殺すよ。」
「物騒なこと言わないでくれよ!」
「おい、さっさと注文しやがれ。」
「…名前、その顔小十郎にそっくりだな。」
…早く注文してくれないかな。
そういう意味も込めて睨みつけると、幸村さんは涙目で注文してくれる。
…本当にごめん、幸村さん。
君は巻き添え食らっただけなのに。
注文いただいたイチゴパフェを厨房から受け取ると、笑顔で幸村さんに渡した。
すると幸村さんは顔を真っ赤にしてパクパクしている。
「そ、某は何を考えた、そんな破廉恥な事許されるはずがっ!?」
「って旦那、何考えたの!?事と場合に寄っちゃいくら旦那でも許さないからね!」
「…幸村もちゃんと男の子だったんだなぁ……。」
「Ah?たまに俺のイチオシの雑誌貸してるんだから当たり前だろうが。」
「政宗さん、純粋な幸村さんを返してください。もう本当に、切実に。」
そんな英才教育を行わないでほしい。
きっと政宗さんの貸す雑誌だ、碌なことがないはずだ。
この場に小十郎さんがいないことをこの時ばかりは嘆いた時はなかった。
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