第十七話 「上田への帰り道中にて」
鶴姫ちゃん一行と別れた後、日もそろそろ落ちるということで宿に泊まることになった。
その間も佐助さんはさっきの鶴姫ちゃんの話からずっと黙ったままだった。
何か思案したような顔で馬を走らせていたし、今日の旅籠屋の部屋に入った時も私を後ろから抱きしめたまま、思案したような顔で動こうとしなかった。
心ここにあらずといった感じだ。
…ところでさっきからこの腰についている縄を何とかしてほしいのですが。
何かを考えている佐助さんの邪魔をしたくなかったので、さっきから自分で外そうと試みていたのだが、一向に外れる気配はない。
途方に暮れた顔で私はついに佐助さんに話しかけてみた。
「あのー…佐助さん?」
私は振り返り、佐助さんの顔を窺い見ると、私の呼びかけに気付いたようで眼を細めたどちらかというと忍の仕事をしている時と同じ表情の佐助さんが私の方を見ていた。
少しその表情に怯んだものの、次の言葉を紡ごうとしたその途端――佐助さんは私を抱きしめ、呟いた。
「…離さねぇよ…例えアンタが帰れる方法を見つけたとしても。名前は俺のものなんだから何処にも行かせねぇ。」
――抱きしめる力が強くなり、息苦しくなる。
背中を叩き、抗議してみたがびくともしない。
私は息を吸い込みながら、佐助さんに伝える。
「帰りませんから!もう向こうでの居場所は放棄していますし、今いられる場所は佐助さんのところしかないですから!」
「…本当?」
「本当です!…だから少し力を緩めて……。」
…くれませんかね。
最後まで言葉に出来ずに息を吐くと、やっと佐助さんは力を緩めてくれた。
しかし依然として腕は抱きしめている形を保っているし、腰についた縄はそのままだ。
何も状況は変わっていない。
私は溜息をつくと、今度は佐助さんの背中を撫でた。
きっと何か色々思いつめたのだろう。
聡い人だから、鶴姫ちゃんの言葉一つで色んなことを想定したのだろう。
その中で何か誤解が生じているのかもしれない。
そこまで思いつくと、出来るだけ静かな声で佐助さんに問いかけてみた。
「いきなりどうしたんですか、佐助さん。何か心配な事でもあったんですか。」
「…どうしてあの巫にアンタがああいうことを聞いたんだ?」
「ああ、あれはですね。石田さんのことを考えたら、聞いてみたくなって。もう一度会わせられないかなとか…でも、理から外れていますしね。帰れるとしても、何もしませんよ。」
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