第二話 「上田城敷地内猿飛さんちにて」
広い何畳あるのかわからない部屋の中央に佐助さんと私が座る。
その前には御館様と幸村さんが座っている。
久しぶりに会う御館様は会った当初と変わらず威風を漂わせている。
一方、幸村さんは今日も相変わらず可愛い。
顔を赤く染めるその初心な表情はいとをかし。
私は思わず微笑んでしまった。
その様子を面白くなさそうに佐助さんが見ていたことに気付かなかった。
「えっと…礼儀がなっていなくて申し訳ありません。この間の宴でお初にお目にかかりましたが、苗字名前と申します。突然来てしまい、申し訳ありませんでした。」
「ふむ…突然とお主は申されたが、突然ではない。以前から幸村と佐助より聞いておるし、お主のための屋敷、身分等全てを既にもう手配をし終えておる。そちらの着物もこちらに来た時を思うて、佐助が選び、幸村が手配したものよ。寧ろお主がこちらに来るのが遅すぎて待ちくたびれていたところじゃ、のう、幸村。」
「全くでございまする。佐助が名前殿をこちらに呼ぶことを説得した時も、某は名前殿がどのような返事をしようともこちらに連れてくると決心しておりましたのに。終には某達が向こうで名前殿と会ってから、1年もかかってしまうとは。」
なんか幸村さんの話の中で少し怖いことを聞いた気がする。
返事の次第じゃ攫われていたのか、私は。
それもこれも教育係の佐助さんが悪い気がする。
ちゃんとした子に育てなければ。
幸村君更生計画を頭で練り始めていた。
――それから私は御館様にこれからのことを聞かされた。
まずは私の外聞を「御館様の旧知の仲だった武将が亡くなった時に預けた娘」とすること、「妾の子で隠していたものだから嫁に行けなかった」とすることだった。
うん、幼少期が中々、健やかに悲惨な子だね。
そのため、私は苗字名前から武田名前となった。
養女とはいえ、武田信玄の娘になれたんだ。我ながらすごいぞ。
次に聞かされたのは佐助さんを甲賀武士として武将として身分を改めさせ、上田城の近くに屋敷を構えることになったことだった。
尚、佐助さんたっての申し出もあり、真田忍隊隊長との兼任になるようだ。
向こうの世界で幸村さんに江戸時代について語っていたのが利いたのか、こんなにスムーズにこの話が通ったのは驚きだった。
ちなみに屋敷の女中等は真田忍隊を化かしながら何とかするらしい。
私の真の事情を知る者を増やさないためとのこと。
そして最後に聞かされたことは一定の武家の娘としての教育を受けた後、私は猿飛家へ嫁ぐということだった。
…まさか佐助さんの「夫婦」噂を真実にする時が来るとは。
「今日は旅の疲れもあろう。そろそろ休むがよい。お主とは3日後の宴で再び会うことになるだろうに。その時に武田の家臣の前でお主を紹介しよう。」
御館様の締めの言葉と共に、その場の会議は締めくくられた。
新たに幸村さんに通された屋敷(猿飛さんちかな)の部屋で私は佐助さんに着物を脱がせてもらい、もっと気の張らない町人風の着物に着替えさせてもらい、肩の力を抜く。
隣に座る佐助さんもさっき着ていた袴を脱いで着流しだけ着ている。
「はぁ〜、疲れた。」
「お疲れ様、名前ちゃん。」
「佐助さんも何やら大変なことになってたんですね。なんか私の話を参考にしたみたいで…猿飛さんち、武家になるみたいですよ。」
「名前ちゃん…他人事みたいに話してるけど、当事者だからね。俺様もこの間まで知らなかったっての。こっちに帰って来た時は任務でいろんな地方に飛んで、上田に帰ってきていた時間が少なかったのもあるけど。それにしても旦那、俺様の知らぬ間にこんな屋敷まで作るとはね…本当に夢みたいな話だ。」
「さっき幸村さんに聞いたんですけど、上田城にも御館様のところと同じ湯殿を用意したみたいですよ。それも私を迎えるためだとか。なんかわが弟ながらに行動力半端ないですよ、本当。」
私と佐助さんは幸村さんの行動力に改めて感心していると、私はふと疑問に沸いたことを佐助さんに問いかけてみた。
「そういえば3日後、御館様のところに行くって言っていましたよね。その時の服ってまたこれですか?」
「…いや、多分もっと豪華な奴。それは上田城での服装かな。」
「うわぁ……真面目につらいですね、これ。普段着でいたい。Tシャツ、短パンがいいです。」
「無理言わないでよ…俺様だって普段、忍装束着て天井裏で警備していたところを旦那と同じような袴着て名前ちゃんの横に座るんだぜ?…なんか嫌。」
「なんかそっちのが嫌ですね。七五三みたいな視線で顔馴染に見られるところが。というかこれからそういう場があったら、政宗さんに会ったら爆笑ものですよ。」
「そんな最悪の事態を仄めかさないでくれる?本当に奥州から来ないでくれるかな…というか一生来ないでほしいよ、本当に。」
佐助さんは物凄く嫌そうな表情で語る。
確かにさっきまで袴を着ていた佐助さんはすごく表情が硬かった。
それを見た鎌之介さんもどことなく愉快そうだった気がする。
しばらく私も佐助さんも慣れないだろうな。
そう私が思っていると、襖が開いた。女中姿の鎌之介さんだ。
「長、それとも佐助様って呼んだ方がよかったかい?幸村様がお見えになったよ。」
「…鎌之介、俺で遊ばないでくれる?もうしばらくの間、こういう風に遊ばれると思うと、本当に嫌。今、行くよ。」
「お前が行かずとも、某が参った。邪魔するぞ、佐助。」
「って普通は旦那の家臣である俺が行くところでしょうが!?何、一家臣の屋敷に来ちゃってんの!?」
佐助さんは既に来てしまった幸村さんを見て溜息をつく。
その表情はすごく疲れているようだ。
その様子を鎌之介さんは愉快そうに眺めてから、襖を開けて出て行った。
幸村さんは部屋に入り、座るとどことなく不満げな顔をする。
「何だ…もう脱いでしまったのか。2人とも似合っておったというのに。」
「ああ、すみません。着慣れない物でしたので、脱いでしまいました。あのありがとうございました。色々準備してくださって。」
「…名前殿にそんな改まった話し方をされると、何だか距離を感じてしまう。あちらにいた時と同じように話しかけてくださらぬか?某は名前殿の弟なのだぞ。」
「もう仕方ないですね…この屋敷の中だけでいい?あ、言っておきますけど、敬語みたいなのは癖ですからね。今更抜けませんよ。佐助さんにだってこの話し方なんですから。」
「それでよい。ここでは名前殿の弟に戻れるのだな…よし、毎日ここに来るぞ。」
「本当、勘弁してよ……。」
毎日、ここに来るという幸村さんに佐助さんは頭を抱える。
早くも新生活に少し不安を覚えているらしい。
どんまい、佐助さん。
肩を落とす佐助さんに慰めるように頭を撫でる。
佐助さんの頭を撫でていると、キラキラした眼で幸村さんがこちらを見やる。
ほう…お主も欲しいのか。
もう片方の手で幸村さんの頭を撫でる。
2人の頭を撫でていると、突然、襖が開いた。
鎌之介さんだ。やばい、これはまるで2人の男を手玉にする悪女みたいじゃないか。
「えっと…菓子と茶を用意したんだが、御邪魔だったかね。」
「全然、お邪魔じゃないです!そうだよね、佐助さん。」
「そうそう!これは偶然こうなったとかいうか……。」
「…俺達は家族団欒をしていた。ただ、それだけだ。」
「家族団欒って…これまたすごい家族だねぇ。」
幸村さん、あんまりそれは外には通じない気がします。
それでも関わるのが面倒だと思ったのか鎌之介さんは何も言わずにお茶とお菓子を置いて部屋を出て行った。
…幸村さんが来た時は人払いをしよう。
私は固く誓ったのだった。
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